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2008年3月11日

茶馬古道(7) チベットと仏教

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チベットのヒマラヤ地域には、7000メートル級の山が50、8000メートル級の山が11あり、最高峰はチョモランマ峰ノ8848メートル。

平均高度は4000メートル以上で、塩湖や沼が1500以上あるという。 寒冷、乾燥した台地だ。

産物は、ヤク、ヤギ、馬などで、ヤクは大事な物資の輸送手段であるとともに、バター、ミルク、毛皮等畜産物の原料でもある。 高地では小麦は取れないが、少し低い地域では小麦を栽培、主食のツァンパの原料になる。

仏教は7世紀前半にインドからチベットに伝えられた。

7世紀前半に「吐蕃(とばん)王国」が築かれ、761年ティソン・デツェン王によって仏教は国教とされた。 9世紀中ごろ、ランダルマ王が暗殺されて、吐蕃王国は崩壊した。

吐蕃王国の崩壊の際吐蕃王国の王族の一部は西チベットに逃れて「グゲ王国」を建国した。

グゲ王国の王たちは、荒廃した仏教再興のために、仏教先進地域のカシミールへ留学僧を派遣したり、カシミールの寺院、仏像、壁画を導入した。 11世紀にはインドから高僧を招へいし、仏教の振興をはかった。 現在グゲ遺跡にみる仏教壁画などはこの当時のものである。 テレビでも洞窟のすばらしい極彩色の仏様(壁画)が映し出されていた。

日本にも仏教が伝わったが、中国、朝鮮等で改変されたものもあると思われる。 それとチベットには伝わったが、中国、朝鮮、日本には伝わらなかった仏典もあると思われる。 インドで仏教が滅びた現在、チベットには貴重な仏典が残っているものもあるという。

 

2008年3月 8日

茶馬古道(6) 巡礼の旅

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茶馬古道は巡礼の道でもある。 11月のある日男たち5人が巡礼の旅に出発する。 2人の年配の男は、日用品、テントなどを荷車に積んで引く。 3人が五体投地(ごたいとうち)の祈りを捧げる。 目的地はチベットの首都ラサのポタラ宮、出発地から距離にして約2100Km。 途中ヒマラヤを越える過酷な巡礼のたびである。 約6ヶ月かかる。 ただ歩くのとはわけがちがう。 秋に出発してラサに着くのは春である。

五体投地の巡礼の旅は、チベット仏教では生まれ変わる次の世に備えるための準備、死に備えるためという。 五体投地で「体と心、言葉を釈迦に奉げる」のだそうだ。 彼らはお金を持たないで出かけた。 お金や食べ物は途中で人々が支援してくれる。 テレビで見ていて頭が下がる思いがした。 輪廻転生で次の世を目指して祈るのである。

チベット仏教巡礼の旅は、距離2100Kmを186日かけて達成している。 日本の四国八十八か所巡礼の旅は約1300Km、徒歩で40日余り、車で約10日かかる。 日本では昔は四国八十八か所巡礼の旅で行き倒れて死ぬ人もあったという。 チベット巡礼の旅がいかに過酷かが偲ばれる。 それだけ信仰心が厚いということことの証明のように思われる。

2008年3月 7日

茶馬古道(5) チベット高原の牛・ヤク

鳥1.jpg標高4000メートルを超えるチベット高原では穀物、野菜はとれない。 チベット高原の牛・ヤクを飼育し、ヤクの肉を主食とし、ヤクの乳からバターを作り、ヤクの毛で糸を紡いで布を作って暮らしている。 ヤクのフンは乾燥して燃料として活用する。 このためバターを小麦などの穀物、中国の雲南、四川などのお茶や日用品と交換する。 野菜が採れないので、ビタミンはお茶から摂取する。 時に塩湖で塩をとって、300Kmも離れた交易市場へ持参、穀物などと交換する。 交易にはキャラバンを組んで出かける。 番組では、5人の男が約40頭の馬、ラバでキャラバンに出かけた。 

キャラバンが通る道は、断崖絶壁の険しく危険な道だ。 道幅は1メートルもない。 足を踏み外すと谷に転落、命はない。 事故は度々発生する。 馬やラバの事故は多い。 人間は今までに2人亡くなっているという。 現地の人たちは、これらはヒマラヤへの生贄と考えているとのこと。 のんびりしているように見えるが、なんとも過酷な世界だ。

 

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2008年3月 6日

茶馬古道(4) 塩とヤクノバター、穀物などとの交換

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塩は一番塩、二番塩、三番塩に分類される。 土の混じり具合による分類。一番塩は人間用で、二番、三番は家畜用になる。 人間用は勿論一番塩である。

雪が消えて、塩作りの最盛期になると女性たちは1日に少なくても50回は塩水を塩田に運ぶ。 重労働だ。 この塩作りは2000年前から続いているという。

チベットの高地では穀物は採れないので、ヤクやヤギなどの家畜を飼って暮らしている。 このため人間が食べる穀物を得るため年に数回ヤクのバターや毛皮を持って山を下り、塩や穀物、日用品と交換する。 塩は動物にとって必需品で、ヤクやヤギは人間より多くの塩が必要と番組で言っていた。 高地で塩を水にといて家畜に与える場面があったが、家畜たちは先を競って塩の水を飲みに来る。 人間は塩の入ったバター茶をよく飲むそうだ。 ビタミンはお茶からとる。

2008年3月 5日

茶馬古道(3) ヒマラヤ山中に塩田

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驚いたことに海から1000Kmも離れたヒマラヤ山中で塩がとれる。 大昔海だったところが隆起したため海水の塩分が塩になったり、塩水になって残っているらしい。 テレビでは、川淵の円塩水井戸で塩水を汲んでバケツに入れて担いで塩田へ持って行って、塩水を塩田に入れる。 塩水はバケツ1杯なんと10Kgもあり、これを前後ろに天秤棒で担ぐので1回に20Kgを運ぶことになる。 塩水は太陽と風によって塩になる。

私は塩田と言っているが、棚田のような感じだが、ちょっと違う。 昔岡山のの瀬戸内の塩田では、海っぷちの塩田に砂を入れてその上に海水を撒き、太陽の熱と風で塩分濃度を上げて、濃い塩水を煮詰めて塩を作っていた。川っぷちに柱を立ててその上に板を敷き、板の上に塩水を撒いて太陽熱と風で水分を飛ばし塩の結晶を方法だ。 やり方は同じ。 この作業は女性に仕事。 1日に塩水井戸と塩田の間を普段は20~30回往復する重労働である。 男は塩作りには携わらない。 男は女性が作った塩を持って交易に出ていない。 これがこの地方の男女の分業方法らしい。

男の兄弟2~3人が1人の女性を妻にする「兄弟同妻」の習慣が紹介されていた。 男性曰く「自分が交易に出かけている時に兄弟が家の面倒を見ていてくれるので安心だと言っていた。 我々から見ると考えられない習慣だが、この地方ではこれがいいのかもしれない。

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2008年3月 4日

茶馬古道(2) 塩の道キャラバン

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テレビでは、50頭くらいの馬、ラバが重い塩を積んでキャラバンができあがる。 キャラバンは5月に始まる。 6月からは雨期になる。

キャラバンの先頭はメス馬、二番手がオス馬。 メス馬の方が度胸があるからという。 道幅が1メートルもない険しい道なき道を通る。 時には事故がある。山道なので落石もある。 落石で死ぬ馬、ラバは多い。 幸い人間は2人なくなったとのこと。

道がなくなって川を渡らざるをえなくなると、1本のワイヤロープで人も、馬も、荷物も渡す。 馬は怖くなって足が出ない。 フリーズ状態だ。 でも人がなだめすかして馬をワイヤロープに吊って川を渡す。 ロープの下は滔々とヒマラアヤの濁流が流れる。 テレビを見ている私だって足がすくむ。

キャラバンは立ち寄る村々で塩と小麦、ヤクのバターなどと交換する。 キャラバンの主目的は勿論交易だが、馬に良い草を食べさせるのも目的と言う。 ヤクは薬草を食べているので、いいバターがとれるそうだ。

男たちは交易のためキャラバンに出て村を留守にし、女たちが村を支えるというのが、この地方での男女の分業形態だ。

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2008年3月 3日

茶馬古道(1) もう一つのシルクロード

白梅8.jpg昨晩NHKのハイビジョン・テレビで「茶馬古道」という番組を見た。 ”茶葉”ではない。 私は知らなかったがお茶の原産地は中国・雲南省のプーアール地方だと聞いた。 「茶馬古道」にはサブタイトルがついていて、「もう一つのシルクロード」とあった。 シルクロードは文字通り絹の交易の道。 こちらは中国・雲南省のお茶とチベットの馬の交易(交換)の道である。 初めて聞いた。 ついでにお茶の木は椿から分かれた種類だという。 雲南省ではお茶の葉を火であぶり、煮出して飲むそうだ。 日本ではお茶の葉を取りやすいように木の高さを1メートルもないように栽培している。 これに対して、雲南では高さが5メートルを超える茶の木もあるそうだ。 木に登って茶葉を取っているところが映し出されていた。 昔は茶と馬を交易していたから「茶馬古道」と名前がついた。 でも、現在はチベットの人は主として塩を売り、雲南の茶、日用品などを買って帰るとのこと。交易は、ヒマラヤの狭くて、険しい、自動車も通れないような道をキャラバンを組んで行なわれている。

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