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2012年12月31日

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 ビジネスマナー研修

2010年3月11日

晴れ着

紅梅1005.jpg

「晴れ着」という言葉に残る「ハレ」は、仕事を休んで祭りや祝い事をする特別な日を指した。

これに対し労働にいそしむふだんの暮らしは「ケ」だ。

民俗学者の柳田国男はのの二つの軸から日本の生活文化をとらえ直した。

着物の色にせよ、昔からハレには鮮やかで派手な色、あるいは黒や白という神聖な色が

用いられる。

これに対しふだん着はあえてくすんだ色と地味な模様を用いた。

だが近代化とともにその区別が薄れてきたきたことについて柳田はこう述べる。

「 理由はケとハレとの混乱。 即ち稀(まれ)に出現する所の昂奮(こうふん)というものの

  意義を段々に軽く見るようになったことである。

  実際現代人は少しずつ常に昂奮している。

  そうして疲れてくると、初めて以前の渋いという味わいを懐かしく思うのである。 」

これは今から約80年前の指摘だ。

昔の人が見ればケもハレもない毎日が祭りのような暮らしとなった「 現代人 」だ。

出典 : 毎日新聞 2010年3月5日号 「 余録 」

2010年3月10日

津波の破壊力はなぜ大きい?  2/2

鴨1005.jpg

高波は海面付近の水だけが動き波長は最大でも200メートルほど。

1つ1つの波の力はそれほど大きくない。

これに対して津波は海底から海面までの水が巨大な塊となって押し寄せる。

波長は数百キロメートルに達することがあり、強い力が長時間かかり続ける。

有川主任研究官は「津波は頭で考える以上に水量が多く、流れも速い」と警告する。

「地形によっては津波が引く時の方が怖い」と高知大学の岡村 真教授は話す。

津波の高さが1メートルなら海抜4メートルの高さまで海水がする恐れがある。

それが戻っていく時に速さを増し、破壊した木材やがれきが凶器になる。

下り坂から平地になる場所には渦が発生して足を取られやすくなる。

遠い場所で起きた津波がいつ、どの程度の破壊力で日本に到達するかの予測は

依然難しい。

震源付近の触れや海底地形に関する十分な」データがそろわない場合が多いからだ。

地形の影響で反射した波が後からやってくるば場合もあり、最悪のケースを想定して

ある程度長い時間に渡って警戒をを続ける

2010年3月 9日

津波の破壊力はなぜ大きい?  1/2

花10002.jpg

チリ大地震では、地球の反対側でに位置する日本に1メートルを超える津波が到達した。

予想より小さかったと安心した人も多いが、実は高さ数十センチの津波にも人を押し流す

力がある。

2メートルを超えると木造家屋を押しつぶしてしまう。

なぜこれほどの破壊力を持つのだろうか?

日本の沿岸では津波警報が出ていても海岸に様子を見に行く人やサーフィンを続ける

人がいた。

しかし、高さ20センチの津波でも流れは毎秒30センチに達する。

遊泳禁止になる水準で、海の中にいると沖に流される危険がある。

「陸上では、ひざ上程度の高さでもほとんどの人が流されてしまう」と、独立行政法人・

港湾空港技術研究所の有川太主任研究官は指摘する。

同研究所の世界最大級人工津波発生装置で実験したところ、体重の軽い女性は30

センチ、男性でも60センチを超えると転倒した。

有川主任研究官によると、高さ1メートルに達すると厚さ6ミリの鉄板が曲がる威力が

あり、木造家屋は部分的に壊れる。

2メートルなら、全壊の恐れがあり、津波がぶつかる時の圧力は1平方メートルあたり

最大15トンに達するという。

津波は高波とは仕組みも威力も異なる。

2004年の台風23号では13メートルを超える高波が発生。

高知県室戸市では堤防が壊れ家屋に大きな被害が出た。

これに対し、津波は高さが数分の1の2~3メートルでも堤防を破壊する。

出典 : 日本経済新聞 2010年3月7日 ナゾかがく 「津波の破壊力はなぜ大きい?」

      から。

2010年3月 8日

恐竜絶滅の原因は?

金のなる木1002.jpg

恐竜など白亜紀末期の生物大量絶滅は、現在のメキシコ付近への1回の小惑星衝突

が原因とする論文を、日本など12カ国の国際チームが5日の米科学雑誌「サイエンス」

に発表した。

約6550万年前に地球環境を一変させた破壊的衝突の全容も明らかにした。

大量絶滅をめぐっては、複数の地球外天体衝突説、火山噴火説も出されているが、

研究チームは「否定された」と結論付けた。

チームには、地質学、古生物学、地球物理学、惑星科学など専門家が結集。

メキシコ・ユカタン半島の巨大クレーター「チュチュルブ・クレーター」(直径約180キリ)

が形成された時期の世界各地の地層などの最新データを解析し直した。

その結果、

 O チュチュルブ・クレーター形成と大量絶滅の時期は一致

 O 他の天体が前後に衝突した痕跡はない

 O 6550万年前ごろは火山活動が活発ではなかった

と判明。

クレーター形成による環境変化は、大量絶滅に十分だったとした。

チームによると、衝突した天体は直径10~15キロの小惑星、衝突速度は秒速約20キロ、

衝突時のエネルギーは広島型原爆の約10億倍、衝突地点付近の地震の規模は、マグ

ニチュード11以上、津波は高さ約300メートルと推定された。

衝突による放出物は世界約350地点で確認された。

放出物は大量のちりとなり、太陽光がさえぎられて地球上が寒冷化。

5~30度の気温低下が約10年続き、海のプランクトンや植物が死滅、食物連鎖の上位

にいた恐竜などが絶滅したと考えられるという。

この際、海底に生きる一部のプランクトンや、体が小さくて食料が少なくてすんだ哺乳類は

生き延び、後に多様化したと見られる。

チームに参加した後藤和久・東北大助教(地質学)は「チュチュルブへの衝突によって、

生物の大量絶滅が起きたという説が揺らぐことは、もはやないだろう」と話している。

出典 : 毎日新聞 2010年3月5日 「 恐竜の絶滅 」から。

2010年3月 7日

温暖化、森林・海洋に影響大

花10001.jpg

環境省の有識者検討委員会は、人為的な原因で自然環境が広範に損なわれている

とする報告書をまとめた。

高度経済成長期に盛んだった国土開発の影響は薄れつつある一方で、近年は地球

温暖化が生態系の損失に拍車をかけていると分析している。

なかでも森林や海洋の生態系に及ぼす影響が大きいという。

温暖化の関与が疑われる生態系への影響としては次のようなものが上がっている。

1. 気温上昇に伴ってシカやサルなどが高山帯に出没、植生が乱れ始めている。

2. 国の特別天然記念物であるライチョウは、高山植物の減少によって食料を確保

   しにくくなると懸念されている。

3. 北海道・アポイ岳で高山草原が急減。

4. チョウ、トンボ、カメムシなどの分布域が北上。

5. 繁殖地や越冬地の気温上昇でコハクチョウの個体数が急増。

6. オホーツク海の海氷が減り、植物プランクトンが減少。

7. 海水温の上昇により、サンゴの白化減少が進んでいる。

   沖縄県の石垣島と西表島の間に広がる石西礁湖では1998年ごろから白化

   現象が目立つようになった。

出典 : 日本経済新聞 2010年3月3日号

2010年3月 6日

幕末外交に大きく影響した「 フェートン号事件 」 No.6

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こうしたことを可能にした背景に、鍋島直正(号・閑叟かんそう)の学制改革があった。

佐賀藩は藩士はすべて藩校弘道館にゆくことができた。

いや、行かされたと言うべきかもしれないが、後に幕末四賢侯の一人と讃えられる閑叟

は教育の充実こそ近代化の決め手だと知っていたのだ。

基本的に「儒教」と「武術」しか教えない他藩の藩校と違い、洋学コースを設けた。

そして15歳以下の子弟のためには蒙養舎(もうようしゃ)という「小学校」まで設立した。

他藩ではこういうことはなかった。

長州では下級藩士の息子である伊藤俊輔(博文)はそもそも藩校に行く資格がなかった

から、吉田松陰の私塾「松下村塾」に行くしかなかった。

土佐でも坂本竜馬などの郷士(下級藩士)は藩校に行けなかった。

佐賀では、他国(筑後国=現在の福岡県)から日本のエジソンと呼ばれる「からくり

儀右衛門」こと田中久重を精錬方招くなど、出身地、出身階級に拘らない実力本位

の人材登用を行なった。

これも軍事の天才であった村田蔵六(大村益次郎)を「医者にすぎない」ということで、

他藩の人間が注目するまで放っておいた長州藩との大きな違いである。

「 明治維新は一足先に佐賀藩で達成された 」という意味のことを司馬遼太郎が

言っている。

2010年3月 5日

幕末外交に大きく影響した「 フェートン号事件 」 No.5

狐様1001.jpg

1830年(天保元年)、十七歳の若さで家督を継ぐと、ただちに藩政改革に乗り出し、

まず産業を盛んにして財政を立て直したのち、次に藩の近代化に乗り出した。

近くに長崎があるのを幸いに、次々と藩内の人間を「留学生」として送り込んだ。

その成果は着々と上がり1850年(嘉永3年)には精錬方が日本初の本格的反射炉

を建造した。

これにより鋼鉄の生産が可能になり、佐賀藩の大砲は日本で最も進歩したものになった。

これはペリー来航(嘉永6年)前のことである。

また1858年(安政5年)に海軍所を設け翌年には精錬方が火薬製造に成功、

1865年(元治2年)には蒸気船まで独自に開発した。

俗に、維新に活躍した雄藩を略して「 薩 長 土 肥 」という、薩摩、長州、土佐は

当然として、なぜ肥前(佐賀藩)が入っているのか?

それは明治維新直前の時点で、佐賀藩はその工業力を生かして世界最新鋭(日本

最新鋭ではない!)の大砲アームストロング砲多数保持しており、ギリギリになって

倒幕勢力に加わった佐賀藩の火力が、上野にこもった彰義隊との戦争を一日で

終わらせ、難攻不落と言われた会津若松城をも開城に追い込んだからだ。

2010年3月 4日

幕末外交に大きく影響した「 フェートン号事件 」 No.4

金閣寺1003.jpg

江戸幕府は、武器の改良そのものを禁じていた。

だから銃は火縄銃のままで、大砲は青銅製だった。

 大船は建造することすら禁止していた。

その「 進歩を止めた武器 」で「 二百年以上進歩した武器 」に対抗しようと思っても

無理な話だ。

叱責すべきは佐賀藩ではなく幕府自身の「 平和ボケ 」である。

本来なら、「 ペリー 」ではなく「 ペリュー 」の直後に「 海軍伝習所 」や「 造船所 」

や「 反射炉 」をつくり、西洋列強に対抗できる体制づくりに励むべきだった。

事件当時、佐賀藩の当主は鍋島斉直(なりなお)といったが、その後を継いだ斉正(

のち直正に改名)は怒りに燃えた。

それはそうだろう。

フェートン号事件でイギリスの無法を許してしまった責任は、どちらかといえば佐賀藩

ではなく幕府の政策にある。

ならば、この恥をすすぎ、必ず幕府を見返してやる、とこの「若殿」は考えたのだ。

もちろん、個人的な復讐心だけでな、長崎防御を任された大名として、このままでは

責任が果たせず、ひいては日本国全体の安全が脅かされるという危機感もあった。

2010年3月 3日

幕末外交に大きく影響した「 フェートン号事件 」 No.3

清水の舞台1001.jpg

この事件は日本史に重大な影響を与えた。

それまでの日本は「鎖国」をしていたとはいえ、外国船を無闇に追い払うようなことは

していなかった。

というのは、航海中に食料や飲料水が不足するなどということは珍しいことではなく、

また嵐などの不可抗力で日本の海岸に漂着してしまうことだってある。

そういう折に幕府は薪水などを与えて国外退去を命じていた。

つまり、人道的に対応していたのである。

ところが、このフェートン号の無法に怒った幕府は、身内の松平康英が犠牲になった

こともあり、「 有無を言わさず無二念(むにねん)(余計なことを考えずに)打ち払え 」

という、極めて乱暴で強硬な異国船打払令をだしたのである。

1925年のことだ。

この対応にはやはり大きな問題点があった。

なぜ長崎奉行松平康英は切腹しなければならなかったのか?

それはフェートン号というたった一隻の戦艦(しかも帆船)にまるで歯が立たなかった

からだ。

そもそも佐賀藩が規定の人数を警備に回してもダメだったということは分かったはずだ。

2010年3月 2日

幕末外交に大きく影響した「 フェートン号事件 」 No.2

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イギリスはやりたい放題のことをやって悠々と退去した。

江戸から派遣されていた長崎奉行松平康英は国威を傷つけられた責任をとって切腹した。

長崎自体は幕府の直轄地であり、だから中央から旗本出身の長崎奉行が赴任していたの

だが、長崎湾自体の警備は近くの佐賀藩に委託されていた。

今は、佐賀県と長崎県に分かれているが、昔は肥前国であって、一つだった。

佐賀藩は、一番近い大藩として長崎警備を担当させられていたのだ。

しあkし、幕府も、日本全体もそうであったように、この時代の佐賀藩も完全に「 太平の

ねむり 」つまり「 平和ボケ 」にひたりきっていた。

本来なら千名を警備に割かねばならないのを、わずか百名でごまかしていたという。

当然、幕府はその「 怠慢 」を厳しく叱責した。

2010年3月 1日

幕末外交に大きく影響した「 フェートン号事件 」 No.1

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1808年(文化5年)、長崎に侵入したイギリス軍艦による狼藉事件。

ナポレオン戦争によりフランスに併合されたオランダと交戦国の関係にあったイギリスの

軍艦フェートン号(艦長・ペリュー大佐)が1808年10月24日(和歴8月15日)、オランダ

国旗を掲げて長崎に入港、これを蘭船と誤認して、長崎奉行所役人、通詞らとともに出向

いたオランダ商館員2名を捕らえ、湾内を探索したうえ、薪水、食料を強要して乱暴を

働いた。

イギリスの国旗を掲げるべきなのに、オランダ国旗を掲げてダマしたこともそうだが、

民間人であるオランダ商館員を人質にとって、中立国である日本を脅迫し、物資を

奪い取ったのであるから。

フェートン号は巨大戦艦ではあったが、木造帆船で蒸気船ではない。

しかし、それでも日本側はこの狼藉を黙って見ているしかなかった。

日本側は同じ帆船とはいえ、一本マストデ帆が一枚の外洋航海できない帆船しか

なかったし、大砲も基本的に戦国時代と同じもので、破壊力も射程距離もフェートン号の

艦砲にすら及ばなかったのである。

出典 : 週刊ポスト 2010年2月12日号  井沢元彦氏著 「 逆説の日本史 」

2010年2月28日

ビジネスマナー以前 : 他人のじゃまをしない

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 次のような行為は自分で意識しないで行なっていることが多いものです。

相手の立場に立って見直し、自分が相手だったらどう感じるか、どう思うか、を

考えてみる余裕を持ちたいものです。

これらの行為は、ビジネスマナー以前の問題です。

無神経に他人のじゃまをするようでは、ビジネスマナーはできません。

 (1). 他人の前を横切る

 (2). 他人の前に立ちふさがる

 (3). 他人の話に割り込む

 (4). 自分ばかりしゃべる

 (5). 電車で、席に座り、足を組んで、組んだ足を通路に出している

 (6). 電車の中で携帯電話をする

 (7). 電車の中で、大股を広げて座る

 (8). 歩きながら携帯電話、メールをする

 (9). 電車をホームで待つ時、最前列の人が安全ラインから一人分くらい

      空間をあけて並んでいる

(10). 道路に車を止めて、携帯電話する

2010年2月27日

禅 語 : 一日不作一日不食

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一日作(な)さざれば、一日食らわず。

あるとき百丈(ひゃくじょう)は、僧堂の大衆が総出で作務(さむ)(労働)を行なう際に、

高齢の老師様だからというので、お出ましいただかないように配慮された。

鎌を隠されてしまったのである。

そのことを不満に思った百丈は、その日、食事を頑として採らなかったという。

これは、そのときの言葉である。

いかにも「 百丈清規(しんぎ) 」の作者らしい言葉である。

ここには、老師様と大衆の差別、高齢と壮年の差別、知性と身体の差別等への、

問いと批判がこめられていよう。

禅のいのちは、用にある。

はたらいてやまないところに、、禅者の真価がある。

それをかけがえのないご法体(ほったい)、大切にしてくださいと、ただじっとしている

よう言われたら、承服しかねるのも無理はない。

ただし「 作す 」ということ、行為には、仏教の場合、身(しん)・語(ご)・意(い)の

三方面があるのだから、いわゆる肉体労働のみが作務とは限らないであろう。

老師には老師の業務もあったはずである。

大人げない、と斬り捨てるのもまた一見識かとも思う。

ともあれこの句には、懈怠(けたい)と無為に過ごすのみの不心得者への警告を、

すなおに読めばよいであろう。

2010年2月26日

禅 語 : 一葉落知天下秋

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 一葉(いちよう)落ちて天下の秋を知る。

「 淮南子 (えなんじ) 」「 説山訓 (せつざんくん) 」に「 一葉の落つるを見て歳の

将(まさ)に暮れなんとするを知る 」による。

桐の葉一枚が落ちるのを見て、秋の到来を知る。

ささいな出来事の中にも示される大自然の真実(仏法)。

また、わずかなやり取りの中に示される学人の才気。

「 圜悟録 (えんごろく) 」巻一に「 問う、大庾嶺(だいゆれい)頭、提不起。 

如今(いま)、何としてか師の辺に在りや。 師、払子(ほっす)を挙(こ)す。

進みて云く、拈来(ねんらい)すれば宇宙に当たり、錦上(きんじょう)、更に

花を鋪(し)く。 師云く、一葉落ちて天下の秋を知る 」とある。

六祖が大庾嶺で示した仏法が師のもとにあるとはどういうことか、の質問に、圜悟

は払子を立てて答とした。

そんな余計なことをしなくても仏法は現前にあるという僧の発言に、圜悟は秋の

到来はやはり一葉の落ちるをもってこそ知りうる(表現できない世界をあえて表現

する)と答える 」。

宏智正覚 (わんししょうがく) (1051-1197)の『 頌古 (じゅこ) 』の「 真身

(しんじん) 」にも「 一葉落つる時、天下の秋。 不風流の処、却って風流 」

(一葉が落ちる季節は必ずしも風流ではない。 しかしそれもまた仏法の真実に

ほかならない )のことばがある。

2010年2月25日

禅 語 : 滅却心頭火自涼

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心頭滅却すれば、火も自ずから涼し。

甲斐恵林寺( かい えりんじ )の快川紹喜( かいせん しょうき )( ?~1582 )

が、織田信長に攻められて焼死するに当たって述べたとされることから、人口に膾炙

( かいしゃ )することとなった。

ただし、元来は唐末の杜荀鶴( とじゅんかく )の「 夏日題悟空上人院 」によることが

指摘され、のち「 碧巌録 」第四三則に出ることが知られることから、快川の創唱ではない。

また、快川のエピソードから「 坐禅すれば燃える火の熱さも感じない 」といった、坐禅

すれば熱さは感じないといった理解もあるが、これは誤り。

「 安禅は必ずしも山水を須(もと)めず、心頭を滅却すれば、火も自ずから涼し 」と

あるように、坐禅の場としては必ずしも山水が必要というわけではない。

条件が整わなくては坐禅はできないという、取捨選択の心(心頭)をなくしてしまうことが

大事で、そうなれば火すらも涼しいものとなる、の意。

重点は「 取捨選択の念 」とどう向き合うかにある。

2010年2月24日

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 「 腹 」という字の右側の部分は器を逆さまにした形で、大きくふくらんでいるという

意味があるそうだ。

白川 静さんの「 字統 」の説明である。

それに月(にくづき)をつけて動物のおなかを示そうと考えた人は、腹はふっくら大きい

のがいいと考えたのだろう。

日本では「 腹が大きい 」、「 腹が太い 」といえば、「 度量がある 」ことを意味するし、

「 腹を肥やす 」といえば「 私利私欲をむさぼる 」ことをいう。

「 腹がふくれる 」といえば、文字通り満腹を指す他、言いたいことを言えずに不快な

さまをも示す。

昔から「 腹 」という言葉を、見た目では分からぬ心の容量や懐具合を示すのに

使ってきた日本人だ。

だからお互いの真意は「 腹を割って 」話さねばわからない。

だが平成の日本では、腹の周囲の大きさで中身を判定するのが習わしとなった。

腹囲が女性90センチ・男性85センチ以上、加えて血圧、血糖、血中脂質のうち二つ

異常が重なるとメタボリック・シンドローム(内臓脂肪症候群)と判定されるメタボ

健診である。

しかし、一昨年春から始まって、世の中高年を震撼させたこの腹囲測定の効果に

疑問符が突きつけられたという。

もともと心血管疾患の発病防止を目的とする腹囲測定だ。

だが厚生労働省が先週公表した3万人以上のデータによると、現在の腹囲の基準

数値による線引きにあまり意味のないことが判明した。

健診開始当初からの疑問がさらにふくらんだ。

とはいえ腹囲が増すほど発病の割合が高まる傾向は明らかだから、ここは「 腹の

太さ 」をたたえた昔の人をしたり顔で称賛もできない。

古人から学ぶべきは、人の「 腹の内 」ばかりはなかなか巻尺一つででは分からない

ということか。

毎日新聞 2010年2月16日 余録 から。

2010年2月23日

木材の"水中乾燥"

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温度を上げる、風邪をあてる、天日にさらす。

モノを乾燥するやり方はいろいろある。

乾かすためにわざと水につけたり、温度を低くしたりと、一見理屈に合わないようでいて、

実は理にかなう手法もある。

乾燥の世界には不思議がいっぱい詰まっている。

山あいの小さなため池に、約500本の丸太が静かに浮かんでいる。

近づくと丸太の切り口にはヌメヌメした液体が見える。

「 樹液がよう出とるは 」。 宮内建築の宮内寿和さんは切り口を見ながらつぶやいた。

忍者で有名な滋賀県甲賀市の山奥。

池に浮かぶ丸太のほとんどは特産のヒノキだ。

家2軒分の住宅に使う構造材として「 水中乾燥 」をしている。

伐採したての木は多くの水分を含んでいる。

木は乾くにつれて縮む性質があり、住宅や家具に使うには水分量が安定するまで乾かす

必要がある。

現在日本では高温の乾燥機の中に入れて短期間で乾かす方法が圧倒的に多い。

水中乾燥の場合、1年ほど水につけてから引き揚げて、半年から1年置いておく。

伊勢神宮で今も続いている伝統の手法だ。

なぜわざわざ水につけるのか。

職業能力開発総合大学校東京校の定成政憲教授は、

「 いったん水をすわせることで樹液をはき出させる。

  そうすると池から引き揚げたときに内部の水が早く均一に抜ける。 」

と解説する。

屋外に放置する一般的な天然乾燥の場合、表面が割れてしまうことがある。

高温乾燥は表面だけ乾いて内部に水分が残ることもある。

一方、水中乾燥は手間はかかるが、ムラなく乾くので割れにくい。

しかも「 樹木の油分が適度に残り、色、つや、香りのいい木材に仕上がる 」という。

--- 中 略 ---

日本の森林はいま、危機にひんしている。

林野庁によると、国内の森林資源(利用可能な樹木)はこの30年間で倍増した。

一方で森林の面積はわずかだが減っている。

外国材に押されて国産材が売れず、間伐も進まない。

面積は減っているのに樹木が増え、森がかってないほど過密になっている。

密集した森には光が差し込まず、下草が育たない。

保水力が低下した森は、災害を誘発する恐れもある。

国産材が売れない理由は価格だけではない。

乾燥の問題もある。

日本の人工林のほぼ半分を占めるスギは特に乾燥が難しいといわれる。

中心部が乾きにくく、柱などに使うと施行後ゆがんでしまうこともある。

出典 : 日本経済新聞  日経マガジン 2010年2月21日号。

2010年2月22日

禅 語 : 平常心是道 (びょうじょうしん これ みち )

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平常心は、一般的に用いる場合には「 へいじょうしん 」と読むが、平常心是道という

禅語としては、「 びょうじょうしん 」と読む。

唐代の禅宗発展の立役者である馬祖道一( ばそどういつ )のことばで、仏を特別な

尊い存在と見るのではなく、行住坐臥( ぎょうじゅうざが )の日常生活を離れたところ

に悟りを求めず、人間存在のありのままこそが仏法の実現であるとするのである。

馬祖の門流によって主張され、即心是仏( そくしんぜぶつ )とともに唐代禅宗の特徴

を示す禅語となった。

禅の悟りが特別なものではないことを、多くの禅僧がさまざまな表現で説いているが、

臨済宗の祖臨済義玄( りんざいぎげん )は

「 屙屎送尿( あしそうにょう )、著衣喫飯( じゃくえ きっぱん )、困(こん)じきたれ

ばすなわち臥(が)す 」 ( 大小便をし、服を着て飯を食い、眠くなれば寝る )と述べた。

つまり朝起きてから夜眠るまで、何の変哲もない日常生活全体が修行ということである。

また永平寺を開いた道元は、修行自体が悟りの現成(げんじょう)であることを

「 修証一等 ( しゅしょう いっとう )という語で示している。

2010年2月21日

禅 語 : 日々是好日 ( にちにち これ こうじつ )

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中国禅宗は五家七宗(ごけしちしゅう)に分派したが、その中の雲門宗の開祖雲門文偃

(うんもんぶんえん)が修行僧達に、過去のことについては何も問わない、今日以後の

ことについて何が大切なのか言い表してみろといったが、誰も答えられなかった。

そこで雲門が示したのが、日々これ好日(毎日毎日がかけがえのない大切な日だ)と

いう一句である。

仏教では過去・現在・未来を三世というが、われわれが認識できるのは常に今という

瞬間でしかない。

過去はすでに過ぎ去って戻らないし、未来はやって来れば現在に変わってしまう。

結局、今という瞬間を生きるしかないのだから、過去にくよくよしたり必要以上に未来

期待せず、今日この日を精一杯に生きるしかない。

仏道修行に好い日も悪い日もないと、雲門は説いているのである。

永平寺を開いた道元も、「 正法眼蔵 (しょうぼうげんぞう) 」において「 而今

(にこん)という表現を用い、自分自身が修行している場面でこそ、悟りが現成

(げんじょう)していると述べている。

2010年2月20日

茶禅一味 4/4

舞子1001.jpg

中国の唐代の趙州( じょうしゅう )和尚は、誰が尋ねてきても「 喫茶去 」「 喫茶去 」

と言ったという。

たまりかねた弟子の僧が「 どうして何時でも何時でも喫茶去なのですか 」と質問した。

その瞬間「 喫茶去 」、と趙州和尚は弟子に言われたという話がある。

とにかく理屈ぬきで文句なしに「 茶をいただきなさい。 爽やかなお茶一服で、貴方の

心は落ち着きますぞ!! まずはそこから始まりだ 」とのことである。

多くの人は、折角そう言われても「 あっ! 忙しいので 」とか「 作法を知りませんので 」

などと逃げ口上になる。

趙州和尚は「 茶を飲めないほど忙しいのか。 そんなに忙しいということは、身を滅ぼす

ということだぞ 」と教えられている。

現代社会の人々に対する警告でもあろう。

2010年2月19日

茶禅一味 3/4

もちつき1001.jpg

禅語の読み方は、俗にいう娑婆(しゃば)読みと禅の読みの異なるものが多いから、

十分に禅語は注意する必要がある。

例えば「 平常心是道 」とよく墨蹟などで拝見する。

普通では「 ヘイジョウシン コレ ミチ 」であるが、禅の方では「 ビョウジョウシン

コレ ドウ 」とも読む。

「 喫茶去 (キッサコ) 」を茶をいただいたら帰れ、、と誤解した読みをする人があるが、

これは「 まあ一服お茶を飲みなさい 」というおすすめの意である。

因みに「 且座喫茶 (シャザキッサ) 」の且座は「 まあ、坐って 」ということになる。

2010年2月18日

茶禅一味 2/4

提灯1001.jpg

何としても床の間に掛ける軸、即ち掛物に苦心する。

亭主の一会に対する心構えを現わす第一義のものであるから、多くは禅語を取り上げる。

客も心して席入りと同時に、まず掛物またはそれに類するものの掛っている前に進む。

( 部屋が洋風であったとしても )座礼の場合をいうならば、まず手をついて床の掛物に

一礼し、その後に拝見するのが、客の作法の始まりである。

難しい墨蹟や古筆などであれば、最近の日本人の国語力では読めないし、意味も取れ

ないものが多くある。

これには心配しなくとも、判っても判らなくても一応拝見を篤(とく)としておく。

そして、席が定まって亭主との会話の中で、掛物を中心に道具の取合わせの質問が

あるから、遠慮せずに尋ねて納得することが大切である。

知ったかぶりや生半可な心得は方々(かたがた)しないようにする。

こうして、高僧・文人・家元歴代宗匠方の書かれた一行物(いちぎょうもの)(縦のもの)

、横物(よこもの)(横紙など)の意味を知り、亭主の心をくみ取るためにも、日々客として

の稽古も疎かにしてはならない。

2010年2月17日

茶禅一味 1/4

豆腐の味噌田楽1002.jpg

大法輪 2010年1月号 裏千家前家元・千 玄室 ( せん げんしつ )様の

「 茶禅一味 」から引用させていただきました。

茶人にとって一会の催しは、大切な修行の一つにある。

一会即ち茶事・茶会をいう。

今では人と巡り合ったり、一つのチャンスを得ることなどに「 一期一会(いちごいちえ) 」

の語句が用いられているが、本来の意味を判っての使われ方ではない。

茶事・茶会に招く亭主と招かれる客とが出合い、短い時間の中で、人間同士の心と心を

真剣にふれさせることができてこそ、一期一会なのである。

茶事・茶会の席では、物言わぬ茶道具が主と客を結びつけるポイントの役割を持つ。

千利休の教示した「南方録」の中に次の言葉がある。

  「 掛物ほど第一の道具ハなし、客・亭主共に茶の湯三昧の一心得道の物也(なり)、

   墨蹟を第一とす、其(その)文句の心をうやまひ、筆者・道人・祖師の徳を賞翫

   (しょうがん)する也、俗筆の物ハかくることなき也、 (中略) 仏語・祖語と筆者の

   徳と、かね用(もちひ)るを第一とし、重宝の一軸ない。 」

茶室や稽古場或いは自分の住まいに床の間がある。

その床の間に掛ける軸についての教えだが、人間に例えれば顔のあたるのが床の間である。

人を招くにしても床の間を中心にして、道具の取り合わせをする。

さまざまな美術工芸品の中から茶道に適する、いわゆる茶美をとりあげるのである。

2010年2月16日

名画、だましのテクニック

金閣寺1013.jpg

眼前の風景を描く絵画は、3次元世界を2次元で見せる「 だまし 」の芸術である。

「 モナ・リザ 」の最大の魅力は謎の微笑とも言われる。

微笑(ほほえ)みの先にある視線の行方も、謎の一つだろう。

「 モナ・リザ 」は、どこから見ても視線があう。

逆にいえば、絵を自の前にしてあちこち逃げ回っても、視線から逃げることはできない。

これは絵画や写真に特有の現象である。

美術館で彫像の視線の行方を観察するとわかるはず。

視線の集中する目の前の1点に立たないと、見られている感じはしない。

ほんの少しずれると、視線は外れる。

彫像の視線に、どこまでもつきまとわれる感じはしない。

そのからくりは人がものを見る仕組みにある。

視線のつきまといは2次元世界に限られるのだ。

絵画に描かれた人間の身体はもともと3次元で、視線を向ける顔も目玉も3次元の

世界にある。

それを強引に2次元に映しこんだのが絵画である。

次元の歪(ひずみ)みによって視線の位置が1点に定まらなくなったのである。

絵画の視線の行く先は曖昧(あいまい)だ。

画家たちは故意に曖昧さを提示し、私たちを惑わせる。

それが名画の魅力といえよう。

出典 : 日本経済新聞 2010年2月15日号 

      中央大学教授 山口真美さんの 「 だましの名画 」から。

2010年2月15日

元にもどすという常識

つゆ徳利1001.jpg

使ったものを元にもどすというのは常識だと思うがいかがでしょうか?

1. 出して使用した椅子は、使い終わったら元の机の下にもどします。

2. 開けたドアは、部屋に入ったら、または部屋から出たら、閉めます。

3. 使用した会議室は、きれいな元の状態にもどします。

  後で使う人がすぐ使えるように。

4. 使用したトイレは、水で流してキレイにしておきます。

5. 点けた電灯は、使い終わったらけします。

6. 使ったよごした部屋は、キレイに掃除して、元にもどします。

7. 食べ物を食べた後は、口をすすぎ歯を磨き清潔にします。

8. 借りたものは、返します。

2010年2月14日

モンスターペアレント 2/2

狐様1001.jpg

モンスターペアレントとはこの父親のことを言う。

どんなに高いカネを払っていても、レストランはいろんな客が集う公共の場所だ。

守らなければいけないルールやマナーは当然ある。

そんなことも子供に教えられない恥ずかしい親がごまんといる。

--- 中  略 ----

自己中心的で理不尽な要求を振りかざす保護者、「 モンスターペアレント 」の暴れぶり

は目に余る。

子供が教師に注意されたといって職員室に乗り込み、教師を吊るし上げる。

給食費を滞納しても「 給食を作ってくれと頼んだ覚えはない 」と逆ギレする、学級写真

の中央に子供が写っていないとゴネる ---。

報告されている例は数えきれない。

今子供たちを育てているのは、30代を迎えたいわゆる団塊ジュニアの世代だ。

彼らが子供たちをまともに躾けることができず、それを恥じることなく堂々と開き直るモンス

ターペアレントとなってしまったのは、団塊の世代に責任がある。

団塊の世代は1947~49年の第一次ベビーブームに生まれた世代である。

戦争を知らない戦後世代だ。

それでも、戦中派の世代に育てられたこの世代は、子供のころには家庭でそれなりの

躾を授けられてきたはずである。

「 人が嫌がることをしない 」

「 目上の人を敬う 」

「 困った人がいれば助ける 」

・・・・。

そうやって地域の共同体は助け合いながら戦後すぐの焼け跡の貧しい時代を凌いで

生き残ってきた。

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落合信彦さんの「 恥の殿堂 」、お薦めの本です。

私は団塊世代より少し上ですが、落合信彦さんのおっしゃるとおりだと思います。

私も責任を感じています。

自分に何ができるか考え直して見ます。

2010年2月13日

モンスターペアレント 1/2

お地蔵様1001.jpg

落合信彦さんの著書 「 恥の殿堂 」 ( 小学館101新書 )に次のような文章がある。

最近、レストランで食事をしていて一番気になるのが、子供たちの騒ぎ声だ。

以前、高級ホテルのチャイニーズレストランに行った時もそうだった。

ある男性客が若い女性と2人で食事をしていた。

おそらくデートなのだろう。

その席の近くに3人の子供を連れた家族客が座ったいた。

その子供たちがとにかくうるさい。

落ち着きがなくじっと座っていられない。

気がつくと席の周りを走り回っていた。

私は少し席が離れていたので我慢できたが、席が近かった男女2人の客は我慢

ならない様子だった。

たまりかねた男性がマネージャーを呼んだ。

「 あの子供たちを黙らせてくれ。 何のために高いカネを払っていると思ってるんだ! 」

恐縮したマネージャーは、すぐさま家族客に注意しにいった。

家族客の父親が言った。

「 少しくらい大目に見たっていいだろう。 こっちだって高いカネを払ってるんだ。 」

モンスターペアレントとはこの父親のことを言う。

2010年2月12日

「 ほうほう 」言わないでもらいたい

獅子1001.jpg

サンデー毎日 2010.02.14 の 今週のブーイング 松崎菊也さん の

「 新幹線のコーヒー 」の中に次のような文章があった。

新幹線の売り子さんを教育している方には是非改善していただきたい。

筆者も同じような印象を持っています。

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さて、販売嬢がわたしに言うのである。

「 コーヒーのほう、ホットのほうとアイスのほうをご用意できますが? 」

「 ホットコーヒーを 」

「 ホットコーヒーのほうでございますね。 かしこまりました。

  お砂糖ミルクのほうはお使いになりますか? 」

ねえ、販売員さんその、「 ほう 」って何だ?

「 コーヒーのほう、ホットのほう、アイスのほう、お砂糖ミルクのほう 」

ってそんなに「 ほうほう 」言わないでもらいたい。

「 カップのほうがお熱くなっておりますので、やけどのほうお気をつけください 」

って何だ?

やけどのほうに気をつけるほどスチロールのカップのほうは熱くないだろう。

「 ほう 」とは方角を表すことばであろう?

なにをあんた物好きに「 ほうほうほうほう 」。

販売マニュアルにも、そう書いてあるのだろうか?

うっとうしい日本語だ。

簡潔で分かりやすい日本語マニュアルに変えろよ。

時代は簡潔、便利な「 ほう 」へ「 ほう 」へと進化しているのだぞ。

せっかく材質がスチロールに変わり、蓋まで付いた新幹線ホットコーヒー。

なお感じる不愉快。

2010年2月11日

禅 語 : 和敬静寂 ( わけい せいじゃく )

仏様1001.jpg

 侘茶 ( わびちゃ )の精神を示したもの。

「 四規 」などとも呼ばれ、「 利休七則 」とともに茶の湯の心構えの基本される。

大徳寺系の禅の影響を受けつつ形成されたものとされる。

「 和 」とは、茶室で皆が一つとなって和(なご)むこと。

「 敬 」は、上下の隔てなく互いを敬(うやま)い合うこと。

「 清 」は、和と敬のところから、外面だけでなく内面的にも清らかさが生まれること。

「 寂 」は、その清らかさが、茶室という限られた空間を超えて形成されることで、

仏教の悟りにも喩えられる概念である。

侘茶の祖とされる村田珠光 ( じゅこう ) ( 1423~1502 )の創唱とも、大成者の

千利休 ( せんのりきゅう ) ( 1522~91 )の語とも伝えられるが、後世の仮託

とされる。

近年では、大徳寺二七三世の大心義統 ( だいしん ぎとう )の作である可能性が

指摘されている。

2010年2月10日

禅 語 : 行雲流水 ( こううん りゅうすい )

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「 行く雲、流れる水(のごとし) 」と読む。

この語句は「 墜葉飛花 ( ついよう ひけ ) 」の語句と一対で使われている。

語録によると、煩悩は避けることもでき、消すこともできるが、行雲流水・墜葉飛花は

避けることも消すこともできないといっている。

これは自然現象は人為的なものでなく、避けられないことを教えている。

行く雲、流れる水、落ちる木の葉、散る花は自然の営みで、無情な現象であることを

表わす代表的な禅語である。

これをもって禅宗では仏教修行者の生きざまと表わした。

一定の住所にとどまらず、家や財産にも、世間の生業にも、金銀財宝にも、名誉や

地位にもまったく執着せず、諸方を遊行する修行者のの姿は、雲や水のようである

ところから、修行者を雲水と呼んだ。

この呼び名はこだわりがない修行者の心境も併せて意味している。

禅語の雲遊萍寄 ( うんゆう ひょうき ) ( 雲が遊び、浮き草が漂う様 )

も同じ意味である。

2010年2月 9日

禅 語 : 大道無門 ( だいどう むもん )

雲1002.jpg

人はそれぞれに「 道 」を求めている。

ピアノでも、絵画でも、スポーツでも、自分の好きな道に向かって求めている。

しかし、基本は自分の才能に気付くことである。

まして、迷いや苦しみから解放された「 空 」で「 無心 」な心の世界に気付く

発見は難しい。

その気付きの契機には条件がない。

唐突に気が付くのである。

それは外からの教唆とも言えないし、自分の力だけとも言えない。

「 無門関 」を編集した慧開(えかい)和尚はいう。

「 門より入(い)るは家珍(かちん、家宝)にあらず 」。

外から教えられただけなら内心の宝ではない。

内心の宝に気付く契機に決まった門などない。

道はどこにでもあるとう。

「 無心になる 」ことは求めていないと、気がつかない。

したがって何時でもどこでも求めていたら、発見があるということである。

それはあこがれである。

強い敵を討ち、高い的を撃ちたいというような求めの心を持てと道元さんはいう。

2010年2月 8日

禅 語 : 上善若水 ( じょうぜん みずのごとし )

西行法師.jpg

 ( 上善如水とも )

上善は水の若(ごと)し。

人間は生活環境や人生の経験によって思考法が形成される。

とくに強い抑圧を経験すると心の癖ができて、事が起こるとその癖が意思を決定して

しまう。

それで生き方が窮屈になり、周りの人とも摩擦を起こすことがしばしばあり、離婚など

にも発展する。

理想的な生き方は水のようなあり方だと「 老子 」はいう。

水について貝原益軒先生の、「 水五訓 」は見事である。

「 一、 自ら活動して他を動かしむるは水なり。

  一、 常に己の進路を求めて止まざるは水なり。

  一、 障害に逢いて激しく勢力を倍加するは水なり。

  一、 自ら潔(きよ)うして他の汚濁(おだく)を洗い清濁(せいだく)併(あわせ)

     せ容(い)るるは水なり。

  一、 洋々として大洋を充(み)たし発しては霧となり、雨雪と変じ霞と化す、

     凝じては玲瓏(れいろう)たる鏡(水のこと)となり而もその性を失わざるは

     水なり。

「 老子 」でいう水とは「 川 」でとくに大河のことだという。

「 川の流れのように 」無限に変化しつつとらえどころがなく雄大な生き方という

事である。

2010年2月 5日

禅 語 : 以心伝心 ( いしんでんしん )

上野公園1001.jpg

広辞苑には、「 禅家で、言語では表わされない真理を師から弟子の心に伝えること。 」

とある。

大法輪 2010年1月号 禅語百選 にはつぎのとおりある。

「 心をもって心に伝える 」と読む。

この語句は「 不立文字 ( ふりゅうもじ ) 」と一対である。

仏法の奥義は経典や文字では伝えることは不可能で、心から心に伝えられるという意味

である。

多くの場合、この意味をそのまま受けて、安易にこの語句を使っているが、仏教の心の

意味はこうである。

心は身体のどこに、どんな形で、どんな色をしている代物かわからない。

心は不安定で、制しがたく、捉(つら)えがたく、形がなく、見がたく、好きなようにさまよい、

どこか胸の奥に潜(ひそ)んでいるらしいと釈尊は「 法句経( ほっくきょう ) 」で説かれた。

こんな心が向かい合って何かを伝えることができるだろうか。

仏教では心は身体の感覚作用を総称したものをいい、からだが感覚する働き全体、人の

行動そのものである。

したがって、正しい習慣を身に付けて、煩悩( ぼんのう )が起こらないようにこだわりを

離れた生き方、その行いを以心伝心の心で表したのである。

2010年2月 4日

禅 語 : 行住坐臥 ( ぎょうじゅうざが )

弁天様.jpg

広辞苑には、

「 行くことと、止まることと、坐ることと、臥すこと。

  戒律にかなった日常の起居動作を言う。

  転じて、日常、ふだん。 」

とあります。

大法輪 2010年1月号 特集:禅語百選 には次のように有ります。

「 「 行く、住(とど)まる、坐る、 臥す 」と読む。

  この語句は禅語というより仏教用語である。

  厳密に使い分けているのではないが、この語句には二つの意味が含まれている。

  一つは、仏教徒は歩いている時も、立ち止っている時も、坐っている時も、そして

  横になっている時も、仏法にしたがって己の心身を律していなければならないという

  意味で、行住坐臥を使っている場合である。

  これを仏典では四威儀(しいいぎ)(四つの振る舞い)という。

  もう一つは、終始、つねづねという意味でも使っている。

  つまり、四つの振る舞いは人の行動のすべてであり、したがって「 どんな動きの

  場合も 」という意味で使われた。

  仏典では、釈尊は行住坐臥に禅を行なわれたという言い方をする。

  坐禅といえば、坐っている時だけと考えられるが、古くから行住坐臥に禅を行なうと

  教えているのは、単に四つの振る舞いに限らず、つねづね、どんな動きの時もと

  いう意味が強調されている。 」

とあります。

2010年2月 3日

禅 語 : 一期一会 ( いちごいちえ )

鳥1001.jpg

広辞苑には、一期一会の意味を次のように書いてある。

「 生涯にただ一度まみえること。 一生に一度限りであること。 」

また大法輪 平成21年1号 禅語百選 には次のようにある。

「 ” 一期の一会 ”と読む。 

 一期一会の縁などと日常会話でよく使われ、この語句を知らない人はいないほど

 有名であるが、これが仏教用語と知る人は少ない。

 一期とは仏典によると命尽きるまで、つまり終身という意味である。

 一生涯のことである。

 一会とは中国の古い文献では一度の出会い、巡り合いという意味だが、これを引いて

 仏典では説法や法要が行なわれる時の集い(つどい)という意味で使った。

 つまり、宗教的な集まりを一会という。

 とくに説法を聞く機会は日頃多忙な人にはなかなかない。

 仏典に ” 仏法に逢(あ)うことは稀である ”とあるが、その仏法を聞くような集まりに

 参加することは、おおげさにいえば一生に一度しかないほどの貴重な時間を過ごす

 ことである。

 感謝の言葉のありがとうは 「 有りがたし 」、つまり稀なことという意味で、説法を

 聞く集まりにいること、これこそ有りがたしで、これを一期一会という。

2010年2月 2日

人のふり見て我がふり直せ

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私は子供時代母から「 人のふり見て我がふり直せ 」と耳にタコができるほど

言われて育った。

今考えてみると大変含蓄のある言葉だ。

田舎のおばさんは偉大な哲学者だったのか?

人間、人のことはよく気がつく、特に欠点などみて批判する。

人を批判するだけではなく、自分も同じことをしているのではないか?

同じことをしているのであれば、直さなければならない、と考え、あやまちをしない

よう改める。

そういう心がけで自分を磨け、というのが母の教えだった。

自分のことは自分が一番知っていると誰しも思うが、自分のことを一番知ら

ないのは自分かもしれない。

他人は自分の鏡に映った姿だと思えば腹も立たなくなる。

2010年2月 1日

目 線

観音様1.jpg

他人と話す時の目線は大事です。

目線をあわせっぱなしでは、窮屈ですし、ほとんど目線をあわさないのは、熱意は

伝わらないし、自信がないように見えます。

目線をあわせるのは、時間にして2~3割り位でしょう。

他は額か鼻か、顔をみていればいい。

でも、話を強調する時、相手に迫る時は相手と目線をあわせる必要があります。

合わす目線の位置は、相手と同じ高さが適当です。

上から目線では、相手を見下ろすようにとられ、に尊大に見えたり、傲慢に見えたり、

する可能性があり、好ましくありません。

また、下から目線では、媚びているようにいるようにとられかねません。

後は、相手の職位、社会的地位、相手の年齢、自分との年齢差、お客様との関係、

状況などに応じて、臨機応変に対応することが求められます。

これは目線とは関係ありませんが、いくら目線が適当でも、ふんぞり返った姿勢、

大股を広げた足、クロスレッグなどは相手の印象を悪くします。

2010年1月31日

「 おせち 」の意味は?

 

獅子002.jpg

[

 

「 おせち 」の語源は、「 御節供 (おせっく) 」と言われています。

端午の節句( 5月5日 )などの五節句に神前に供える料理の総称でした。

やがて、節句の一番目にあたる正月料理を「おせち」と呼ぶようになりました。

五穀豊穣(ほうじょう)の祈りを込めて年神様に供え、家族の健康を願って

いただいたのが起源だそうです。

重箱に詰めるのは、「 めでたさ 」を重ねるという意味です。

料理は縁起の良い名前が着いたものばかりです。

昆布巻きは「 よろこぶ 」という語呂合わせ。

黒豆は「 まめ(健康)に暮らす 」、エビは「 腰が曲がるまで丈夫に 」、

数の子は卵の数が多いので子孫繁栄、田作りは「 豊作 」の意味。

もともと、その土地で収穫したものを使っていました。

例えば、正月魚は東のサケ、西のブリと言われます。

雑煮は特に地方色が表れ、餅の形や具、味付けもさまざまです。

正月料理を見れば、郷土の産物や保存法がわかるというほどです。

出典 : 毎日新聞 2010年1月1日号 「 なるほドリ 」から。

筆者の子供のころは、岡山では、雑煮に「 塩ブリ 」を入れていました。

2010年1月30日

他人の話の聞き方

蝶と花1001.jpg

他人の話は、無視したり、いばったり、いいかげんな態度で聞いてはなりません。

このような態度では、話し手は気持よく話せません。

話す意欲を失います。

話し手が話しやすいよう、おだやか、明るい表情、好意的な態度で、積極的に耳を

傾けることが、聞き手のあるべき態度です。

コミュニケーションは、話し手、聴き手、の双方向で成り立つもの。

一方通行ではコミュニケーションは成り立ちません。

うまくコミュニケーションできないと、正常な人間関係は維持できません。

最終的には、職場の雰囲気、上司・同僚・後輩との関係、仕事の成果に結びつきます。

2010年1月29日

子規と柿と東大寺 5/5

夕暮れの二人連れ.jpg

明さんは何度か司馬さんに会ったことがある。

機械メーカーの会社員をやめ、造園業に転職することを話したこともあったそうだ。

「 司馬さんは、『 植物を相手にするのはこれから有望やし、すばらしい仕事や。 

 土にまみれなさい 』といってくれましたね。 」

と、明さんは懐かしそうにいう。

「 子規にとっては結局、奈良が最後の旅になってしまいます。

 でも、きれいな女性との出会いもあり、印象深い、いい旅だったと思います。

 その奈良に私がいま住んでいるのは偶然ですが、縁を感じますね 」

子規にはいくつもの柿の句があり、明治31年にも詠んでいる。

「 秋募るゝ奈良の旅籠(はたご)や柿の味 」

柿はほんのり甘い ” 恋の味 ”だったのだろう。

子規は常に明るさを失わない人だった。

脊椎カリエスの激痛に耐え、俳句・短歌の革新に最後の情熱を傾ける。

奈良の旅の記憶はそんな痛みを和らげてくれただろうか。

2010年1月28日

子規と柿と東大寺 4/5

梅の花1004.jpg

子規には庭にも一家言あった。

随筆集「筆まかせ」には、理想の「 書斎と庭園 」を図で描いている。

それによると庭の一角には桔梗(ききょう)、萩(はぎ)、女郎花(おみなえし)、薄(すすき)、

撫子(なでしこ)など、すべて秋草を植えるという。

「 野生の有様にて乱れたるを最上とす 」

庭の好みも、自然そのままを重んじた子規らしい。

「 子規の庭 」もそのイメージを大切にしている。

明さんは正岡忠三郎さんの次男。

忠三郎さんは子規の死後に養子となって、正岡家を継いだ。

忠三郎さんの実の父親は子規の保護者だった加藤拓川(たくせん)で、養母は子規の

妹の律になる。

司馬さんは忠三郎さんと深い親交があり、1976年に忠三郎さんが75歳で亡くなった

ときには葬儀委員長もつとめた。

その後、司馬さんは忠三郎さんを主人公にした物語として「 ひとびとの跫音(あしおと)

(中公文庫)を書いた。

子規、陸羯南( くが かつなん )、加藤拓川といった人々に、忠三郎さん、友人で

詩人のぬやま・ひろし( 西沢隆二(たかじ) )さんらが登場し、もちろん律も重要な

登場人物となっている。

2010年1月27日

子規と柿と東大寺 3/5

渋川海水浴場から見た四国の山並み.jpg

「 帰りに奈良へ寄って其処から手紙をよこして、恩借の金子(きんす)は当地に於いて

正に遣い果たし候とか何とか書いてゐた。 恐らく一晩で遣ってしまったものであろう 」

( 談話 「正岡子規」 )

旅館の跡地には、いまは日本料理店「 天平倶楽部 」があり、その庭園の一部は

「 子規の庭 」と名づけられている。

誰でも自由に入れるが、入り口には、「 鹿侵入につき出入口は必ず扉を閉め、カギを

掛けて 」といった注意書きがある。

やはり今も昔も鹿天国の奈良らしい。

年末に行くと冬枯れで、ススキが風に揺れていた。

しかし、子規が見たという東大寺の瓦屋根はたしかに見えた。

柿を食べて聞いた鐘は、法隆寺ではなく東大寺のようだ。

「 東大寺よりも法隆寺のほうが言葉の響きがたおやかなので子規は変えたのでは

ないでしょうか 」

というのは正岡 明さん(64)。

正岡 明さんは造園業で樹木医。

子規の顕彰と研究が目的の「 正岡子規研究所 」も主宰している。

「 子規の庭 」の作庭も担当した。

「 子規が泊まった對山樓の跡地に柿の古木があり、子規に縁のある私が奈良に

住んでいて、樹木医もしているということで頼まれたんです 」

2010年1月26日

子規と柿と東大寺 2/5

経蔵1002.jpg

美しい女中さんの出身を聞くと、奈良で昔から有名な梅林がある月ケ瀬だという

答えが返ってきた。

「 梅の精霊でもあるまいか 」と、子規は書く。

「 余はうつとりとしてゐるとボーンという釣鐘の音が一つ聞こえた 」

どこの鐘かときくと、東大寺の大釣鐘だといい、障子を開けて見せてくれた。

月が荒れた木立の上を淋しそうに照らしていた。

「 更に向ふを指して、大仏のお堂の後ろのあそこの処へ来て夜は鹿が鳴きますから

 よく聞こえます、ということであった 」

と、随筆は結ばれている。

子規が泊まった旅館は、奈良の老舗旅館「 對山樓 (たいざんろう) 」。

フェノロサや岡倉天心といった明治の文化人が泊まり、宿帳には明治28年10月

24日に子規の名前が残っている。

当時の高級な旅館で今はない。

子規には贅沢な感じだが、おそらく漱石のおかげだろう。

松山を去るとき、子規は漱石から10円借りている。

松山中学の月給の8分の1にあたり、漱石は語っている。

2010年1月25日

子規と柿と東大寺 1/5

お不動さん1004.jpg

子規の最後の旅、奈良の旅でも、魅力的な女性が登場する。

この旅で詠んだ句といえば、「 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 」に尽きるが、句が生まれた

事情について、「 くだもの 」( 明治34年 )という随筆に書いている。

「 柿などというものは従来詩人にも歌よみにも見離されてをるもので、殊に奈良に柿を

 配合するといふ様な事は思ひもよらなかった事である。

 余は此新しい配合を見つけ出して非常に嬉しかった。 」

いきさつは、さすがに食いしん坊の子規らしい。

まず、奈良で泊まった旅館で、夕飯後に柿が食べたいと頼んでいる。

直径45センチほどのドンブリ鉢に、山盛りの柿が来た。

子規はその量だけでなく、女中さんの美しさにも目を奪われたようだ。

「 柿をむいてゐる女のやゝうつむいてゐる顔にほれぼれと見とれてゐた。

 此女は年は十六七位で、色は雪の如く白くて、目鼻立ちまで申分のない様に

 出来てをる。 」

出典 : 週刊朝日 2010年1月29日号 「子規と秋山兄弟の選択」から。

2010年1月24日

仏教東漸の理念を貫いた鑑真和上の足跡 3/3

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鑑真和上の故郷・揚州は当時、中国最大級の貿易都市で、シルクロードを伝わって

来たありとあらゆる文物や技術が集まっていたと言います。

だから、鑑真和上も非常に知識が豊富だったし、一緒に連れてきた僧や仏師も国際色

が豊だった。

それは唐招提寺が所蔵する仏像にもよく表れている。

例えば新宝蔵(しんほうぞう)に安置されている如来形立像(にょらいぎょうりゅうぞう)

は、腰の曲線のなまめかしさ、波打つような衣のデレープなど、ガンダーラ仏に近い

趣があります。

また「 木彫仏が日本で初めて作られたのも唐招提寺だった 」という石田執事のお話

も興味深くうかがった。

中国では石工が盛んで、木彫に使うのは白檀くらいだったけれど、日本では彫刻

向きの石も白檀も手に入りにくい。

代わりに檜(ひのき)、榧(かや)、桐(きり)といったさまざまな木を試し彫りするなかで、

木彫技術が進歩した。

2010年1月23日

仏教東漸の理念を貫いた鑑真和上の足跡 2/3

=成田経蔵 .jpg

そこで大師自ら「 法のためである。 なんぞ身命をおしむことがあらんや。 」と

死を覚悟の渡海を決め、その情熱に押されて弟子たちもつき従うこととなった。

1度目の航海は密告により失敗。

2度目は難破。 さらに南方に漂流し賊に襲われたり、失明するほどの難に遭いながらも

「 釈尊の正法を東の日本に伝える 」という信念を曲げず、ついに6度目の渡海で日本の

土を踏む。

そして平城京の東大寺大仏殿前で聖武上皇、光明皇太后、孝謙天皇など多くの人に

授戒をし、国家的事業として大きな役割を果たした。

その後、唐招提寺を開いたのは” 主流派から追いやられたから ”という説もあるが、

今回の修理で金堂が想像されていた以上に高い格式で、格別な配慮があったことが

わかっている。

仏教東漸の理念を貫いた鑑真和上の足跡 1/3

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平城京に遷都してから約20年後の天平5年(733年)、遣唐使に任ぜられた普照

(ふしょう)、栄叡(ようえい)らの留学僧は、「 仏教の戒律を授けてくれる高僧を唐

から招聘するように 」という勅命を受けた。

その背景には、たび重なる天災や疫病の流行で人心が乱れる中、ときの聖武天皇

(しょうむてんのう)が仏教をたのみにしたこと、また当時の日本の仏教界には授戒

制度がなく、課税逃れのための”自称・僧侶”が増えて、風紀も乱れていたという事情

がある。

しかし、命懸けの危険な航海をともにし、日本に正しい戒律を伝えてくれる高僧が

どこにいるのか?

井上 靖が「 天平の甍 」で描いた鑑真和上の物語はここから始まる。

留学僧たちは、適当な僧を紹介してもらえまいかと、当時55歳だった律宗(りつしゅう)

の大師・鑑真に会いに行く。

が、呼びかけても引き受けてはいない。

出典 : J-B Style 2010.02

2010年1月22日

サケが生まれた川に戻れるのは? 2/2

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サケはなぜ、これだけの距離を迷わず生まれた川に向かえるのか。

有力な説は日の出と日の入りの方角と地磁気を利用して自分の位置を割り出す

「 地図とコンパス説 」だ。

サケの頭部には鉄を含む成分があり、磁気センサー役を果たしていると考えられている。

ただ、つじつまの合わない実験結果もある。

上田教授らは洞爺湖のヒメマスに磁石をとりつけ、生まれた場所に戻れるかどうかを

確かめた。

すると、正確に戻り、磁器感覚が乱されても問題ない結果が出た。

目を見えなくした実験では、戻れるサケと迷走するサケがいた。

方位を決めるのに視覚も使っているが、それが決定的な情報とまでは結論を

下せなかった。

サケは高精度な生物時計を備え、生まれた川まで戻る時間を記憶している

という説もある。

海流を体感して方位を把握しているという仮説も唱えられていて、すっきりした

答は出ていない。

サケが生まれた川を見分ける際には、においが大きな役割を果たすことも

わかってきた。

サケの鼻は人間の100万倍以上の感覚をもち、極微量な成分も感知できる。

上田教授らはアミノ酸がカギを握っているとみて、どのアミノ酸に反応するのか

を調べている。

「 回遊をうまく制御できれば、大量のサケを戻して漁獲する方法も実現できる

のではないか 」(上田教授)と期待を寄せる。

2010年1月20日

サケが生まれた川に戻れるのは? 1/2

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サケは餌を求めて数年間、外洋を巡り、高い精度で故郷にたどり着く。

どうやって方位を定め、生まれた川を特定できるのか。

サケの”ナビゲーション・システム”は、謎に包まれている。

日本には遺伝的系統的に古い順に、サクラマス、ベニザケ(ヒメマス)、シロザケ、

カラフトマスの4種類のサケが生息する。

原始的なサクラマスはほぼ正確に同じ川に戻り、進化したカラフトマスは違う川でも

遡上(そじょう)する。

北海道大学の上田宏教授は「 分布域を広げ個体数を増やしてサケが進化した

証拠だ 」と解説する。

放流の歴史が長いシロザケの回遊は、比較的調べられている。

北太平洋を4年ほど巡り、成熟すると泳ぎを活発にするホルモンが分泌され生まれた

川に向かう。

2000年には速度や水深などの計測器を付けたシロザケを捕獲する実験に成功、

67日間2760キロメートルを泳いだ記録が取れた。

出典 : 日本経済新聞 2009年11月15日号 「 ナゾかがく 」

2010年1月19日

リチウム資源、なぜ南米に?

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自動車の蓄電池などに使用される希少金属:リチウムが注目されている。

電気自動車の普及ととともに需要の急増が予想されるからだ。

リチウム資源は、チリやボリビアなど南米に集中している。

銀白色で軟らかなリチウムは金属としては変わり種だ。

鉄や銅など多くの金属は鉱石から採るが、リチウムは塩湖のかん水(塩分を多く

含んだ水)を天日で干して集める。

世界全体の推定資源量2000万トンのうち、7割がかん水、残り3割が鉱石に

含まれる。

資源の半分以上が集まるのが、南米アンデス山系に属し、アルゼンチン、ボリビア、

チリにまたがり、スペイン語で高原を意味する「アルティプラノ」と呼ばれる地域。

標高3800メートルの広大な盆地に100以上の塩湖があり、チリのアタカマ塩湖

がよく知られている。

アンデス山系に眠る資源も、もともとは海水に溶けたリチウムだったとの説が有力。

数千万年前地球の岩盤が隆起、海がそのまま持ち上げられ、その名残が塩湖と

みられる。

出典 : 日本経済新聞 2010年1月17日号 「ナゾかがく」。

2010年1月18日

語いを増やし表現力を高めるには

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1.辞書を引く

  辞書としては、次のようなものがると便利です。

  ①.国語辞典  ②.広辞苑  ③.漢和辞典  ④.類語辞典  ⑤.反対語辞典

2.書き写す

  自分が好きな本や文章を書き写す ( パソコンではなく )

3.音読

  自分の好きな文章や短歌、俳句などを声をだして読む

4.自分の文章を見直す

  同じ言葉を何回も使用していないか?

  同じパターンの文章担っていないか?  (  ・・・が、・・・ )

  を見直して修正する

5.要件の抜けがないか見直す

  6W3Hに抜けがないか確認する

  ①.What  ②.Who  ③.Whom  ④.When  ⑤.Where  ⑥.Why

  ①.How to  ②.How many  ③.How much

6.多読

  多くの本を読む

2010年1月17日

体温と病気 : 5/5 体を温める食事

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(1).体を温める食物をしっかり摂る

(2).食物の質

   漢方医学ではすべての事象を「陽」と「陰」に分けて考える

(3).食物の量 - 現代人は一食抜くのがよい

(4).基本の食べ物と食べ方

(5).ニンジン・リンゴジュース、ショウガ紅茶はなぜ効くのか

(6).ニンジンの効果

(7).リンゴの効果

(8).ショウガの効果

(9).黒砂糖・ハチミツの効果

(10).その他、体を温めるもの

2010年1月16日

体温と病気 : 4/5 体温を温める健康法

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(1).入浴

(2).「薬湯」で入浴効果をさらにアップ

(3).半身浴

(4).足浴、手浴

(5).サウナ浴

(6).”特効”湿布=ショウガ湿布

(7).衣服

(8).湯たんぽ、カイロ

(9).筋肉運動

(10).ウォーキング

(11).スクワット、もも上げ運動

(12).上半身の運動

2010年1月15日

体温と病気 : 3/5 冷えると悪化する症状・病気

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冷えると悪化する症状・病気は次のとおり。

(1).痛み

(2).胃腸炎

(3).アレルギー

(4).めまい、耳鳴り、嘔気(嘔吐)

(5).緑内障

(6).ヘルペス(帯状ほう疹)

(7).頻脈、不整脈

(8).肥満

(9).ガン

(10).血栓症(心筋梗塞、脳梗塞)

(11).高血圧

(12).糖尿病、高脂血症

(13).風邪、気管支炎をはじめ炎症疾患

(14).膠原病(自己免疫疾患)

(15).うつ、統合失調症、自殺などの精神疾患

(16).子供の自殺、いじめ、骨折、近視など

(17).瘀血

広辞苑によれば、「瘀血(おけつ)」とは、「古くなった血。また、血の道。」。

2010年1月13日

体温と病気 : 1/5 体温と免疫力

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最近筆者は、石原結實先生( 医学博士、イシハラクリニック院長 )が書かれた本

「 体温力 - 冷えをとれば病気は治る! - 」 ( PHP研究所 発行 ¥700 )

を読みました。

自分の健康を考えるうえで非常に有効な本だと考えます。

以下に概要を紹介しますので、詳細を知りたい方はお求めください。

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約50年前、大人の平均体温は約36.8度、子供の体温は約37.0度とされていた。

今でも医学事典には、日本人の腋窩(えきか、脇の下)の平均体温は36.89±0.34度

と書いてある。

しかし、これは約50年前の日本人の体温のことである。

現代医学の研究は臓器レベル、細胞レベル、細胞の核の中の遺伝子レベルと深く

細かく究明する方向に進んでいるため、単に体温を測ってそれを学会や医学誌に

発表するような研究をする学者がいなくなった。

たとえそういう研究がなされても、医学会や医学誌で発表や掲載されることがない

ためであろう。

私は日常の診療で必ず患者さんの体温を測ることにしているが、高い人で36.2~3度、

ほとんどの人が35.0度台と低体温である。

人類の平均体温とされる36.5度以上ある人は、むしろ例外でさえある。

体温が1度低下すると免疫力は約30%以上減衰し、逆に平熱より1度上昇すると、

免疫力は5~6倍にもなることがわかっている。

この50年間で、日本人の体温が1度近く低下したということは、日本人の免疫力が

低下し、種々の病気にかかりやすいことを意味している。

2010年1月12日

略地図と道案内で感じること

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1. ホームページや案内状の略地図

  ホームページや案内状の略地図を見てわかりにくいものが時々あります。

  こういう地図を見ると私はイライラ、ムカムカしてきます。

  見る人を無視していると思えるからです。

  わかりにくい原因は明確です。

  自分が地図のとおり歩いたことがないか、自分が地図を見る人の立場に立って

  見直していないからです。

  この地図を見て、目的地に迷わず到達できるか否か、見る人の立場で見ていない

  ということです。

2. 道案内

  道案内を読む人が、迷わないで、間違いないよう、わかりやすく、簡潔、明確、正確

  に記述する必要があります。

  どちらでもとれるような表現はいけません。

  これも読む人の立場に立って、これで間違いなくわかってもらえるか否か見なおす

  ことが大事です。

2010年1月11日

「身だしなみ」に関するアンケート結果

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昨年11月下旬日本経済新聞が「 身だしなみ 」について調査した結果が同紙に

掲載されていました。 有効回答数1030。

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人に見られているという自覚が「ある」と答えた人は77%。

男女別にみると男性の70%に対して、女性は84%だった。

具体的にどんな点か。

多かったのは、服装の手入れ不足で、男性の「ワイシャツの襟や袖口の汚れ」は

91%の人が気になると答えた。

「スーツのしわ」、「洋服のしわ」も8割が気になると答えた。

また、「靴の手入れ不足」が気になると答えた人は

7割近くで、「かばんの手入れ不足」(約6割)を上回った。

出典 日本経済新聞 2009年12月12日号

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知らないのは自分だけということにならないように注意しましょう。

身だしなみができていないと、 不潔 → 嫌い → ビジネス不調の原因 になる事も

あります。

2010年1月 9日

江戸そば粋に食いねえ

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下記は2009年11月21日の日本経済新聞の記事が出典。

江戸蕎麦(そば) ほそ川 店主の細川貴志さんのインタビュー記事から抜粋。

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主役のそばを「 つゆにどっぷり付けるのは田舎もの 」という定説がある。

細川さんも「 最初の2,3口は何も付けず食べた方がいい。 うまいそばは、つゆを

付けるのを忘れてしまうぐらい 」と賛同する。

一方、かまずにのど越しで味わうのが粋(いき)との説はどうか。

「 くちゃくちゃかむのは好きじゃないが、ちょっとはかまないと甘みや香りが出てこない。 」

薬味のネギやワサビをつゆに溶かさず、そばの上に載せる食べ方は「 最初にワサビの

味が来て ( 薬味の刺激が強すぎて )、そばの味が分からなくなってしまう 」と否定する。

仕上げはそば湯。 細川さんは「 飲むと ” ああ、そばを食べたんだあ ”と安心する 」

と効用を説く。

「 白湯みたいな店が多いが、うちは一手間かけてそば粉を水に溶き、湯に足して濃く

している 」と特製のそば湯も味わってほしいと話している。

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筆者 : この記事には、音をたててたべることについての記述はありません。

     音をたてるのはやむを得ないが、音は控えめにした方がいいのではないでしょうか。

2010年1月 8日

感じの良いお辞儀

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1.あいさつ、お辞儀の順

  通常あいさつの言葉を述べてからお辞儀します。

  お辞儀は頭を下げて、下げきったところで一瞬静止、ゆっくりと上体を起こします。

  こうすると、より丁寧な感じを相手に与えます。

  お辞儀をする前と後には、相手の目を見ます。

  できれば、相手より先に上体を元に戻さない方がよいと思います。

  NHK総合テレビの夜7時のニュースで、アナウンサーのあいさつ、お辞儀は、

  お辞儀 → あいさつの言葉の順です。

  これはテレビだからかもしれません。 

  ビジネスの現場では私は一度も見たことがありません。

3.お辞儀の種類

  (1). 会釈 ( 体の傾斜、前傾15度 )

      同僚とすれちがったり、他人の前を通る時に敬意を評する時のお辞儀。

  (2). 敬礼 ( 体の傾斜、前傾30度 )

      通常の状態で、お客様や上司にするお辞儀。

  (3). 最敬礼 ( 体の傾斜、前傾45度 )

      深い感謝や心からの謝罪など心を込めたお辞儀。

2010年1月 7日

仏教伝来 7/7

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宗教においてシンクレティズムは大きく二つに分けられるとされている。

一つは、何らかの理由によって相異なる教理や祭儀などを重層させようと試みられる

ケースである。

代表的なのが、十七世紀のドイツ・プロテスタント諸教派とカトリック教会との融合である。

もう一つは、二つ以上の異なる教義や祭儀などが意図されずに重層的な融合がなされる

ケースである。

仏教伝来当初の日本人は日本古来の神の信仰にもとづく思考方法で仏教をとらえ神の

一種とみなして受け入れたと思われるが、そうした場合に生ずる現象が第二の重層信仰

である。

日本の場合は後者のケースより発生した重層信仰であって、そのようにして心の深層に

敬神思想を残しつつ崇仏思想を加上し現在に至ったのである。

2010年1月 6日

仏教伝来 6/7

氷川様の獅子 2 .jpg

つまり、仏教伝来以前の日本人の心の原風景を基層信仰として心の深層に刻みつつ、

その上に重層信仰(シンクレティズム)として、仏教・儒教・道教・陰陽思想を積み重ねて

行ったのである。

シンクレティズムは、古くはギリシャのプルタルコスが思想の対極者たちを互いに調和

させようとして採用したものであって、日本でも、用明天皇と推古天皇のお二人が、

「 敬神崇仏 」というシンクレティズムを採用されたことは、仏教伝来期を乗り切って

いく過程で、極めて重要な選択であったと思われる。

特にその深層に「 山 」や「 川 」の信仰、あるいは「 海 」の信仰を留めていたのが、

万葉人たちの「 心の原風景 」であった。

2010年1月 5日

仏教伝来 5/7

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「 日本書紀 」推古天皇二年(594年)の条に「 皇太子及び大臣に詔して三宝を興隆

(おこ)さしむ 」とあって、聖徳太子と蘇我馬子に対し、推古天皇は仏法興隆を命じて

おられる。

推古天皇の時代は、このように一方で仏教が興隆する時代であるが、「 日本書紀 」

推古天皇十五年(607年)二月の条によると、同時に注目すべき宣言がなされ、行動も

起こされている。

同書に記して「 朕聞くむかし我が皇祖(みおやの)天皇等の世を宰(おさ)めたまえること、

天に蹄(せぐくま)り地に蹐(ぬきあし)して、敦(あつ)く神祇を禮(うやま)ひ、周(あまね)く

山川を祠(まつ)り、幽(はるか)に乾坤(あめつち)に通はす。

是を以ちて、陰陽(ふゆなつ)開け和(あまな)ひ、造化(なしつくること)共に調(ととの)へり。

今朕が世に当りて、神祇を祭祀(まつ)ること、豈怠り有らむや。 

故(か)れ、群臣共に為に心を竭(つく)して宜しく神祇を拜ひまつるべし。 」とある。

ここに見える認識は重要である。

その二月十五日の「 日本書紀 」に「 皇太子及び大臣百寮を率いて神祇を祭拝(まつり

うやま)ふ 」とあるものである。

二月十五日というのは祈年祭の日であって、祈年祭とは、天皇ならびに大臣以下が

今年は豊年満作でありますようにと祈る日であった。

推古天皇は仏教への偏りを戒められたのである。

そして、聖徳太子も蘇我氏も反省して祈年祭に参列したのであって、その結果、推古

天皇の時代は、一方で仏教興隆の詔が出されたが、他方で神祇祭祀の詔が出され、

バランスのよい時代であった。

2010年1月 4日

仏教伝来 4/7

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用明天皇の時代になると相当様子が違う。

用明天皇二年(588年)の「 日本書紀 」に

「 朕、三宝に帰らむと思欲ふ。 卿等、議(はか)れ。 」

という天皇のお言葉が記されている。

「 私は仏教に帰依したいのだ。 仏教を軟着陸させるよう検討せよ。 」

というご下命であった。

「 日本書紀 」は用明天皇を評して「 天皇仏法を信じたまひ、神道を尊びたまふ。 」

と記している。

仏教を信仰されたが、天皇としての祭祀については従来どおり継承されたという

意味であって、重層信仰を開始されたのである。

用明天皇、崇峻天皇と続いた後を受けて、女帝の推古天皇が即位された。

欽明天皇の皇女であり、敏達天皇の皇后であった。

その摂政として、政治の実際にあたったのが、皇太子の聖徳太子であった。

2010年1月 3日

神社の起源

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神社は、神道(しんとう)における神々を祀(まつ)る場であり、そこには当然、社殿や

建物などの施設があるものと思われているだろう。

しかし、神道の原初の形態に於いては、神々を祀る場が、そのような建築施設を伴う

ものだったわけではない。

日本の神は八百万(やおよろず)といわれるように、本来、天地自然に無数に存在する

不可視の神霊であり、祭祀(さいし)に応じて特定の場所に来臨すると考えられていた。

そして、そのように常駐しない神を招き寄せる媒体=依代(よりしろ)、あるいは神霊が

鎮座する所と考えられたのが、神籬(ひもろぎ)、磐境(いわさか)、あるいは磐座(いわ

くら)である。

神籬は神霊がよりつく樹木や枝の「 依代 」であり、磐境は岩石であるが、古くは

どちらも「 神祀りの場 」を広く指していたらしいいのである。

いずれにせよ、特徴のある自然の樹木、岩石などに神を招いて祀っていたのが、原初

の神道祭祀のあり方であったといわれる。

一方、神の鎮まる神聖な森や山などは、「 神奈備(かむなび)( 神が降りてくる場所

の意 ) 」とよばれた。

これはその特定の場所自体が、際立った景観などで呼び起される神聖感の強さ、

あるいはそこでなされる祭祀の定着などにより、神と不可分と理解されていった結果

と思われる。

つまり、「 神祀りの場 」の定着化・固定化である。

このように神社ははじめ「 神祀りの場 」が定着し、そこに神の饗応などにつかう臨時

の施設がつくられ、それが次第に常設化していったところに成立したといわれる。

これは、「 神社 」「 社 」が神の占有する禁則地(きんそくち)との意で「 もり ( 森・

杜 )とよばれたり、「 やしろ ( 社・屋代 ) 」が注連縄( しめなわ )などで区切ら

れた神の聖域、あるいはそこでの簡素な祭祀施設を意味していることによく対応している。

とはいえ、神道の祭祀がいつごろから恒久的な社殿・建物でおこなわれていたかを確定

することはむずかしい。

出典 : 三橋 健 著 「 神社のしくみと慣習・作法 」 ( 日本実業出版社 )

2010年1月 2日

鳥井(とりい)の由来

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鳥井は、神社の入り口に設置されており、神域入る門といわれている。

二本の柱の上に笠木(かさき)を置き、その下に貫(ぬき)を入れて柱を連結したもので、

構造上からは笠木の下に島木(しまぎ)のあるものとないものとに大別される。

鳥井は神社に邪悪なものが侵入しないようにとの意味で立てられているともいう。

また、参道は(さんどう)は産道(さんどう)に通ずるといい、鳥井をくぐることによって、

新しく生まれ変わることができるとの解釈もある。

鳥井の起源は明らかではないが、鳥井という言葉から、鳥が居るとの意味に解する

説もある。 これもあながち間違っているともいえない。

「 鳥 」は祭祀のときに用いられることも多く、神聖なものと考えられている。

記紀神話には「 鳥 」が多く登場する。

鳥井の形はさまざまであるが、それを大別すると神明系(しんめいけい)鳥井と

明神系(みょうじんけい)鳥井とに分類される。

 

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出典 : 三橋 健 著 「 神社のしくみと慣習・作法 」 ( 日本実業出版社 )

2010年1月 1日

禊(みそぎ)と神社参拝

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神社参拝の時手水舎(てみずや)に来たら、そこで手を洗い、口を漱(すす)ぐ。

これは神様の前に出るにあたり、身や心を清めるということである。

禊祓(みそぎはらえ)の省略形と考えればよい。

禊祓には次のような起源神話がある。

「古事記」に、亡き妻の伊耶那美命(いざなみのみこと)に会うため、死者の国・

黄泉国(よみのくに)を訪れる伊耶那岐命(いざなぎのみこと)の話がある。

伊耶那岐命は黄泉国から戻った時、「 私は醜いこともはなはだしい穢(けがら)

わしい国に行った。 だから、禊(みそぎ)をしよう。 」といい、禊祓をした。

まず、川に入る前に身に着けていたものをすべて投げ捨てた。

つぎに川に入り、水中で「 御身(おんみ)を滌(すす)ぎたまふ 」つまり水中で

心身をすすいだのである。

この「 身そそぎ 」が縮められて「 みそぎ 」になったとされる。

この禊をした伊耶那岐命は清らかな気持になり、その最後に天照大神( あま

てらすおおみかみ )、月読命( つきよみのみこと )、素戔嗚尊( すさのおの

みこと )を生んだ。

これが禊祓の起源神話である。

禊祓のしくみと私たちの入浴のしくみとは類似している。

脱衣場で身につけていた衣類をすべて脱ぐことは祓いに相当し、体に湯をかけたり

浴槽につかるのが禊にあたる。

禊祓や入浴の後は心身ともにさっぱりとする。

これが神道でいう「 潔斎( けっさい ) 」の状態である。

この潔斎は、心身ともに清浄な状態になることである。

潔斎の「 斎 」は「 ゆ 」とも読み、それは「 湯 」という言葉に通ずるものである。

出典 : 神道学博士 三橋 健 著 「 神社のしくみと慣習・作法 」 ( 日本実業出版社)

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関連用語の意味は、漢字源によるとつぎのとおり。

禊 ( みそぎ ) : 川の水でからだを清め、けがれを除く

 示 ( まつり ) : 外にあらわして見せる

 契 ( けずりとる ) : 約束のしるしをきざみつける

                かたく誓って約束する

祓 ( はらい ) : 神道で、神に祈って罪やけがれをとること

罪 ( つみ ) : 法をおかすこと。 悪事やあやまち。

穢 ( けが )れ  : 神の前に出たり、勤めにつくのをはばかる出来事

              よごれ。 不潔。 不浄。 きたないこと。

2009年12月31日

仏教伝来 3/7

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その時の伝統重視派の意見は

「 我が国家の天下に王とましますは、恒に天地社禝百八十神を、春夏秋冬に祭り

拝むことを、事と為したまふ。 

方今(いま)改めて蕃神(となりつくにのかみ)を拝まば、恐らくは国神(くにつかみ)

の怒りを致しまつらん。 」というのであった。

敬神崇仏ならいざ知らず、天皇が崇仏廃神に走られるなどというのは、とんでもない

選択でございますというのであって、これ以後、敬神崇仏か、敬神廃仏かが争われ、

蘇我氏も含めて崇仏廃神を主張したものは全く存在しなかった。

ここに伝統重視派が、仏教を「 となりつくにの神 」(日本書紀)と称していることが

注目されるのであって、仏教も「 神 」の一種として受け入れる素地があった。

「 日本霊異記 」によると、この当時「 仏像 」のことを「 隣国の客神の像 」と

呼んでいる。

これは仏教に対する当時の人々の理解を示すものとみられる。

これは伝統派だけの考えではなく、日本古来の神の信仰にもとづく思考方法で仏教

を神の一種ととらえて受け入れる余地があったものと思われる。

ただし、この時の討論の結果は、欽明天皇のご期待に反することになってしまって

いて、仏教の公的採用の中止が決定されてしまうが、しかし天皇には仏教に対する

未練がおありであった。

そこで、蘇我氏における個人的崇仏を許可されたのである。

2009年12月30日

仏教伝来 2/7

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仏教は、周公や孔子でさえ習得できなかったほどの勝れた宗教だとして入ってきた

のである。

これに対する天皇の喜ばれ方も、尋常ではなかった。

仏像も経典も、これまでの日本に全くなかったものであって、きわめて優れたもの

であるとして入ってきたのである。

しかし、欽明天皇は「 然れど朕自ら決(さだ)むまじ 」とおっしゃる。

以後、伝統重視派の物部・中臣氏と、新興勢力で崇仏派の蘇我氏との間で、氏族

の存亡をかけた論争が展開する。

2009年12月29日

仏教伝来 1/7

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 「戊午」の歳、つまり538年、仏教が伝来する。

仏教は伝来当初から非常に優れた宗教だとして入ってくる。

「日本書紀」によると、そのときの百済(くだら)の外交官たちによる仏教の宣伝文句

が記録されていて、次のように書かれている。

「 是の法(のり)は、諸法の中に於いて、最も殊勝(すぐ)れ足り。

  解り難く入り難し。

  周公、孔子も尚ほ知ることの能はざりき。 」

というのである。

その時の天皇は

「 使者に詔して云はく、朕、昔より来(このかた)未だ曽て是(かく)の如き微妙

  (くわ)しき法(のり)を聞くことを得ざりき 」

と絶賛されている。

出典 : かしはら 第156号 ( 平成22年1月1日号 )

2009年12月28日

初参りと禊(みそぎ)

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正月には氏神様に初参りします。

まず、鳥井の手前で一礼し、神社の中に入ります。

鳥井から中は、神域です。

参道の真中は、神様の通る道なので、真中を歩いてはなりません。

参道の右または左側を歩きます。

産道を進み、参拝の前に、心身を清めるため、手水屋で手を洗い、口をすすぎます。

賽銭箱の前に着くと、まずお賽銭うぃ入れ、鈴を振り邪気を払い、魔除けします。

これが終わると、二拝二拍手一拝 ( = 二礼二拍手一拝 )の作法で参拝します。

二拝とは、二度お辞儀すること。

二拍手とは、二度手を打ち鳴らすこと。

一拝とは、一度お辞儀すること。

2009年12月27日

ラクダ受難の時代

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砂漠など過酷な環境でも1週間はエサを食べずにいられるラクダ。

古くから中東やアフリカの隊商などで活躍してきたが、エジプトでは近年、食用として

の需要が増えている。

経済成長に伴う物価高などが背景にあるようだ。

エジプトの首都カイロから北へ40キロメートル弱のビルカーッシュ。

週に3日、千数百頭から三千頭が集まる同国最大のラクダ市が立ち、「 6歳、6500ポンド

(約10万4千円)!」などの声とともに仲買人が競りに応じる。

このラクダ、荷役や観光用と思いきや、4頭を買ったマフムードさん(55)に聞くと「 うちの

店などで売る食用だ 」と話す。

ラクダ市にはオノのような解体用の様々な刃物を売る行商もいる。

市の管理担当のハラフさんによると、「 ほとんどが食用。 取り扱い頭数はこの3年ほどで

3割は増えている 」という。

カイロ市内の食肉店。

肉の値段を聞くとエジプト人に人気の高い羊肉は1キログラムが50ポンド(約800円)、

牛肉は45~50ポンド。 これに対してラクダ肉は34ポンド(約540円)で鶏胸肉並み。

ラクダ肉は1歳程度のものは牛肉とほぼ同価格で売られるなどやわらかくて味がよい

うえ、ラクダ乳は牛乳よりビタミンやカルシウムが豊富とされ、カイロでは牛乳の倍以上

の値がつく。

出典 : 日本経済新聞 2009年12月6日号。

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私もピラミッドの近くでラクダに乗ったこともあるし、インドでもラクダが荷車を引いている

のを見たことがある。

テレビのシルクロードの番組にはたびたびラクダが登場、耐久力のある運搬用の家畜

として、また貴重な乳を産する家畜として、重宝しているように見受けた。

森繁久弥の月の沙漠にも出てくる。

ラクダが馬のように食肉用になるとは知らなかった。

2009年12月26日

相談力と9対1の法則 2/2

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相談を受けるときのポイントは次の5つです。

1.相手の話をよく聴く

  アドバイス、助言が不要の場合が多く、「共感してあげ、なやみを理解してあげる

  ことがことが重要なので、相手の話を聴くことに集中すること。

2.相手の話を整理するように聴く

  多くの場合、悩みを持っている人は、頭の中が混乱しているので、整理してあげる

  ことが必要。

  相談されている方が、理解できないところ、わからないところは、「 どうしてそう

  なのか 」タイミングよく訊いてあげるとよい。

  自分が理解できる、整理された状態になるということは、相手も同じ状態になる、

  ということでもある。

3.話を充分に聴いてあげる

  話の分量は、相手 9 : 相談を受ける人 1  ( 9 : 1 )。

  悩みのある人は、話すことにより気が軽くなり、癒される。

  また、話すことによって頭の中が整理される。

  相談を受ける方が多くしゃべると、その分相談者の話が少なくなり、相談者は癒されず、

  頭の中も整理されない。

  人は、話を聴いてくれる人にはポジティブなイメージを持ち、良い人と思う。

  反対に、話を聞いてくれない人には、ネガティブなイメージを持ち、いやな人と思う。

4.共感を示す

  賛同しなくても共感を示すことが必要。

  否定語を使用すると共感しない。

  自分の思考パターンを相手に押し付けてはならない。 

  共感してくれていないととられるので。

  相手が自分が共感していると認識した後なら、自分ならこうする、といってもよいが。

5.問題解決方法は本人から聴きだす

  頭の中がが整理されると、相手は客観的な問題解決方法を自分で見つけ出すことが

  できるようになる。

  その時、「 あなたならどうしますか? 」と聴いてあげると、本人から問題解決方法を

  きだすことができる。

  本人が納得していない解決方法は、行動に移らないが、自分が納得している解決方法

  は行動に移しやすい。

  だから、本人の中から問題解決方法を導きだしてあげることが重要。

  相談者は、話を聴いてくれる人のことを好きになる。

2009年12月25日

相談力と9対1の法則 1/2

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相談とは広辞苑によれば「 他人に意見を求めること 」とあります。

相談力とは、他人の相談にのって人間関係を深め、その人の役に立つ力です。

相談をする目的は、

1.悩みを理解してほしい

2.問題解決したい

の二つがあります。

それぞれの真意は、

1.悩みを理解してほしい → 共感してほしい

2.問題解決したい → アドバイスがほしい

です。

しかし、相談の多くの場合は、共感がほしくて相談することが多いと言われます。

なぜなら、問題が解決できなくても、相談者は相談が終わると、スキイリとし、満足げな

表情に変わることからもわかります。 共感してもらえたからです。

また、相談しても解決できない問題を相談することも多いようです。

当記事内容は有料のメールマガジン「ビジネス心理学プレミアム」で学んだものです。

この記事内容は、ビジネスマン、営業マンにとってとても役立つ内容と考えます。

2009年12月24日

無礼講( ぶれいこう )

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忘年会、新年会、送別会、歓迎会、飲み会で上司が「 今日は無礼講でいこう 」と挨拶

する時があります。

上司は、なんとか盛り上げようとしているのでしょう。

でも、羽目を外し( = 興に乗って度を過ごす )てはなりません。

少しいつもより賑やかに、くらいに思った方が無難、賢明です。

たとえば忘年会で上司に「 おい田中、おまえ評判がわるいぞ 」などと言ったとします。

上司はその場は、笑い飛ばしたりするかもしれないが、酔いがさめたら思い出して

失礼にもほどがある、と思うでしょう。 けっしていい印象は持ちません。

悪くすると、飛ばされたり、評価を下げられます。

自分が逆の上司の立場に立って考えることです。

会社における上下関係は、社員同士がいるところ、どこえ行っても続きます。

無礼講とは、広辞苑に「 貴賎、上下の差別なく礼儀を捨てて催す酒宴 」とありますが、

「 礼儀をすてて 」などあり得ません。

用心、用心。

2009年12月23日

仏教にまつわる姓 4/4

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薬師寺、法隆寺、光明寺、不動寺、観音寺、祇園寺、菩提寺などの寺院名の姓もある。

寺のつく苗字は多いが、珍しいものに寺廻( てらまわり )や寺主( てらじ )がある。

仏を祀る建物の堂の字を用いた姓には、御堂( みどう )、法化堂( ほっけどう )、

六斉堂( ろくさいどう )、釈迦堂( しゃかどう )、五大堂( ごだいどう )などがある。

堂は場所を意味する処( と )の転化で、釈迦戸( しゃかど )の姓の戸も場所を示す。

弥勒院( みろくいん )や多聞院( たもんいん )は寺や戒名にも使われる院に仏を

合体した姓である。

仏具という」姓もある。

先祖が仏具を生業( なりわい )としていたか、仏の”道具”と自任して姓にしたと見られる。

2009年12月22日

仏教にまつわる姓 3/4

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観音信仰に因む姓として観音( かんのん )がり、法華経普門品に由来する普門

( ふもん )という姓もある。

密教系の姓には阿字( あじ )がある。

叡南( えなみ )という姓は比叡山がルーツ。

御岳( みたけ )の姓は山岳信仰と関係が深い。

浄土信仰ゆかりの姓には浄土( じょうど )、本願( ほんがん )、他力( たりき )、

念仏( ねんぶつ )、横超( おうちょう )がある。

阿弥陀如来が修行時代に衆生救済のために立てた四十八願という姓もある。

訓みは難しく( よいなら・よそなら )だ。

難読といえば、梵( そよぎ )も仏教がルーツ。

プロ野球広島カープの梵選手( 浄土真宗本願寺派の寺族 )の活躍で有名に

なった珍姓だ。

2009年12月21日

仏教にまつわる姓 2/4

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剃髪(ていはつ)に因む姓には禿氏(とくし)がある。

出家という姓もあり、「 しゅっけ 」と読んでしまいそうだが、「 でいえ 」という。

経本は「 きょうほん 」ではなく、「 つねもと 」さんだ。

大仏という姓は「 だいぶつ 」とは訓まず、「 おさらぎ 」と訓む。

北条氏の支族で、鎌倉の長谷大仏( はせだいぶつ )の土地に由来する。

オサラギのオは大で、サラギは神仏に供える皿が原義。

それが転じて大仏と同一視されたらしい。

千仏( せんぶつ )という姓は、千の数の仏ではなく、先仏(せんぶつ、前仏)の

転化で釈迦に因む。

念持仏や信奉する仏に由来する姓としては、地蔵や不動、薬師がある。

七福神の布袋( ほてい )も苗字になっている。

2009年12月20日

仏教にまつわる姓 1/4

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釈(しゃく)や釈氏(しゃくし)の姓はお釈迦様に由来する。

四世紀に中国仏教の基礎を築いた道安が「 僧侶は釈尊の弟子だから、釈の姓を

名乗ろう 」という運動を提唱、後に日本でも広まった。

浄土真宗の法名もすべて釈だ。

タレントの釈由美子の先祖は蜂須賀正勝(はちすかまさかつ)(=小六、ころく)で、

その子孫が出家し釈姓を名乗ったのが元とか。

釈迦如来や釈迦牟尼という姓もある。

「 にぐろめ・にくるべ 」と訓み、いずれも銅の合金のこと。

先祖は仏像工芸と縁がある。

仁王(におう)や修行(しゅぎょう)、無着(むちゃく)、六波羅(ろくはら)、仏子(ぶし)、

蓮仏(れんぶつ)、僧頭(そうず)、宝輪(ほうわ) の姓も仏教系である。

仏の説法に由来する獅子吼(ししく)や、解脱(げだつ)と同義の脱(だつ)という姓も

存在する。

 

出典 : 大法輪 2009年10月号。 「 仏教にまつわる姓 」から。

2009年12月19日

服喪とは?

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喪中ハガキを出すということは、その人の血縁者が亡くなったことを伝え、当人が喪に

服していることを報せるためだろう。

実際、どのハガキを見ても、亡くなった人のことが記されているが、ここで改めて

「 喪に服す 」ということについて考えてみたいと思うのだが。

服喪とは、近親者が亡くなった場合、一定期間、その人の死を悼み、身を慎むことである。

これについて、古くから守るべきこととして、門戸を閉じ、酒肉を絶ち、弔(ちょう)せず、

賀せず、嫁取りをせず、音曲をなさず、財を分かたず ・・・ などと記されている。

これらは、故人との血縁関係の深さにもよるだろうが、今、ここまで厳格にやっている人は

いないだろう。

むろん、皇室関係などは例外だろうが、一般のあいだでは、門戸を閉じたり、酒肉を絶って

音曲をなさず、などというわけにはいかない。

要するに、服喪といっても、各々の心の中で故人を思い、弔うことに尽きる。

そこで喪の機関だが、一般的には四十九日、と記されている。

その期間だけは、あまり派手なことはしないように、ということのようである。

たしかに、このあたりまでは納得できるし、従うべきかもしれないが、四十九日が過ぎたら、

一応喪は明けたと考えて、普通の生活に戻るのが自然だろう。

改めて気がつくことは、喪中はガキが形式的になりすぎていることである。

毎年、年賀状を書きだすころまでに身内の者が死んだら、年末には喪中ハガキを出す。

当の本人が喪に服していようがいまいが、ハガキを出すときだけは喪中になる。

出典 : 週刊新潮 2009年12月10日号。

     渡辺淳一著 「 喪中ハガキを考える 」から。

2009年12月18日

喪中はがき

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今の時期、喪中はがきが来ることがあります。

私は自分の身内に不幸があった年には次のようにしています。

会社対会社のお付き合いの場合は、通常と変わらず年賀状を出します。

お客様や自社の社員でも、個人として年賀状をやりとりしている場合は、

身内に不幸があれば喪中はがきを12月初めに発送しました。

喪中ということは、喪に服している状態にいることを言う言葉で、私の場合身を慎む

のはせいぜい49日位でした。

私の父は26年前の1月に亡くなりましたので、12月にはとっくに49日は過ぎて

いたのですが、喪中はがきを出しました。

生活感覚と慣習の落差は大きい。

12月14日現在我が家には8通の喪中はがきがきており、次のような内容でした。

1.亡くなった人の名前、続柄を書いていないもの : 2通

2.死亡日を書いていないもの : 3通

3.死亡日を書いてある月は 

  ・ 3月 : 1通

  ・ 11月 : 3通

4.亡くなられた方の年齢が書いてないもの : 3通

5.亡くなられた方の年齢を書いてあるもの

  ・ 82才 : 1人

  ・ 92才 : 2人

  ・ 96才 : 1人

  ・ 97才 : 1人

  ・ 12月 : 1通

2009年12月17日

森が生む自然の明かり「 密ロウソク 」 2/2

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精製された密ろうは湯につけて温めると粘土のようになる。

好みの形を作り、糸を通せば手作りのロウソクのできあがり。

密ろうの色は、ミツバチが運んできた天然の花粉の色。

朝日連峰には良質な密を出すトチノキガ多く自生する。

トチの花粉はオレンジ色でキハダは黄色。 ニセアカシアは薄黄色…。

やわらかな明かりは自然由来ならではといえる。

とはいえ、1匹のミツバチが一生かかって集められるハチミツの量は小さじ1杯程度。

そして食べたハチミツの10%しか密ろうは作れない。

100グラムの密ロウソクには、300匹以上の一生分の働きが詰まっている計算だ。

紫外線で色が変わってしまうので「飾り物にせず使ってほしい」とのこと。

紀元前から脈々と受け継がれてきた森の恵み。

改めて部屋を暗くし密ロウソクに火をともしてみる。 ゆらゆらと揺れる炎。

やっぱり誰かと分かち合いたい。 そんな気持にしてくれるやさしい明りだった。

2009年12月16日

森が生む自然の明かり「 蜜ロウソク 」 1/2

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密ろうはミツバチの密が原料。

働きバチは森へ花の蜜を採取に行き、集めてきた一部を腹部の器官からロウとして

分泌し、巣を作る。 その巣を精製したのが密ろうだ。

密ろうは画材としての歴史が古い。

「オックスフォード西洋美術事典」(講談社)によると、紀元前1世紀から3世紀にかけて

エジプトのファイユーム地方で作られたミイラ肖像画群は、顔料に熱い密ろうを加えて

描いたろう画という。

朝日連峰を望む山形県朝日町。 日本百名山の一つ、大朝日岳(1870メートル)登山

の起点でもある。 山の入口に密ロウソクを作る小さな工房「ハチ密の森キャンドル」

がある。

森キャンドルの安藤さんは、東北地方の養蜂家約20軒に依頼して良質の密ろうを

仕入れる。

不純物を取り除くために何度も湯の中で融解、沈殿させて、ろ過する作業を繰り返す。

試行錯誤の末、色や香りが損なわれない方法にたどり着いた。

出典 : 日本経済新聞 2009年12月10日号。

2009年12月15日

年末年始のご馳走とカロリー

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クリスマス、忘年会、年始は、ご馳走攻めと飲酒、運動不足による摂取エネルギーの大幅

過剰が予想される。

より合理的に年末年始の食生活を過ごすため、人気料理のカロリー情報を紹介しておこう。

高い人気の鶏のから揚げは、骨付きのぶつ切りで、1個45グラムで80キロカロリー。

手巻きずしやちらしずしは、ネタに使われる魚介類のカロリーはさほどではないが、問題は

ご飯の量。

一般ににぎりとちらしは一人前600キロカロリー前後となる。

宅配のピザはのせる具、トッピングの内容によって大きく違う。

どれにもほぼ共通する溶けるチーズは比較的脂肪分が多い。

大手チェーン店では、直径およそ25センチのサイズの4分の1枚で、400キロカロリー前後

が目安となる。

スパゲッティーはゆでる前の量80グラムを1人前として、ミートソースだと760キロカロリー

ほどになる。

ほかにカロリーが高いのはベーコンや卵を使うカルボナーラ、。

トマトソースならだいたいこの半分くらいだ。

大人の1食は600~800キロカロリーくらいにとどめたい。

年末年始をどんな組み合わせの食事で過ごしたか、年明けに結果が出る。

出典 : 日本経済新聞 2009年12月5日号。 「ヘルス この一手」から。

2009年12月14日

手土産の気配り

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訪問先に手土産を持参する時、訪問先の近くで買って持参する人がいます。

手土産は相手への心ずくしです。

しかし、訪問先の近くで手土産を買えば、ほとんどの場合、近所で買ったことが分かります。

近所で買ったことがわかると、「 ついでに買ってきた 」、「 間に合わせに買ってきた 」と

受け取られます。

近所で買って持ってきた場合と、遠くからわざわざ持参した場合と比べると、やはり遠くから

持参した方が、相手を大切に思っていると受け取られるのではないでしょうか?

自分がどう思うかではなく、相手がどう受け取るか、を配慮することが必要です。

マナーというより、相手に対する気配り、相手を大切に思う心が大事です。

2009年12月13日

角(かど)の立たないコミュニケーション

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1.何をどう伝えたいのか、事前に話の内容、順序を整理する。

  話の内容を箇条書きにして整理する。

2.伝えた後の相手の反応を想像する。

  相手を無用に刺激する表現になっていないか、相手の立場に立って見な押す。

3.一方的に相手を責めないこと。

  自分に非があるとわかっていても、他人から責められる、それも一方的に責め

  られると反撃することが多い。

4.相手に逃げ道を残しておくこと。

  相手に無条件降伏を迫るような議論は、相手に徹底的に反撃されるし、たとえ

  相手がギブ・アップしても、遺恨を残しやすい。

5.クッション言葉を使う

  「 恐縮ですが 」、「 恐れ入りますが 」、「 申し訳ありませんが 」、

  「 お手数ですが 」など表現を和らげる言葉=クッション言葉を使う。

6.相手を攻め立てるような口調を避ける

  言葉もさることながら、口調が相手を攻め立てるようでは感情的になりやすい。

7.冷静に話す

  相手を感情的に刺激しない。 自分も感情的に話をしない。

2009年12月12日

我が国独自の陶芸美 「 古伊賀 」 4

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古伊賀の成形上の特徴は、まずざっと円筒形をを造りあげ、そこで終わらず手で歪めたり

板で押したりヘラで彫ったりして初めの形を打ち壊すことによって、新たな迫力のある形を

造りだしていることだ。

それを今度は窯の中で自然釉・火色・焦げなど変幻の「 景色 」を窯神様に委ねる。

胴がヒビ割れても口縁がカケてもそのままだ。

窯から出た作品ははあたかも自然物のような野放図な存在感を漂わせている。

と、見えるが、実は作り手がとことん土や窯の癖を知り、そのような自然な「 景色 」を

生みだすという極めて周到に計画されたやきものなのだ。

美を目指してこのような工程を経るやきものは世界に類を見ない。

その歪んだ形姿を見れば分かるとおり、古伊賀は当時一世を風靡した「 織部様式 」

の迫力ある造形の頂点を究めている。

本家の織部焼がおとなしく見えるほどだ。

これに加えて冒頭で述べた「 土への回帰 」、この日本独特の二つの流れが交錯した

地点に生まれたのが古伊賀だ。

日本陶芸の中で有田磁器を世界標準での中心とするならば、古伊賀はわが国が追求

した独創的な陶芸美の芯といえよう。

また陶芸という分野を超えて、私たち日本人の美意識の特質に光を当てる存在でもある。

2009年12月11日

我が国独自の陶芸美 「 古伊賀 」 3

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島国であるわが国は中国文化の影響を強く受けながらも独自の美意識が醸成されてきた。

他国との美意識の差異は分野によって一様ではなく、あるいは中国直伝に近く、あるいは

日本独自である。

広い工芸分野の中では、小文字で japan と書けば漆器を示すほど蒔絵などは独自の

高みに達したが、これも他国の誰もが納得する精緻さで世界標準の美である。

ところが外国人に土を焼き締めただけの備前焼や雑な作りで地味な色合いの唐津焼を

見せたらどうだろうか。

とてもこれらが日本で大人気で、高く評価されている陶器だとは信じまい。

これらの焼き物を生みだし、支えてきた美意識こそ日本独自のものなのだ。

五つ挙げる。

まず土そのものの個性や味わいを楽しむ「 土味(つちあじ) 」、手や口当たりなどの感触

「 手ざわり 」、窯中での偶然の色替わりや釉の流れなど人の手によらない変化である

「 景色 」、花や茶などを美しく引き立てる「 映り 」、年ふりた存在感を感じさせる

「 古色(こしょく) 」である。

これら五つをすべて高度に体現しているのが古伊賀なのである。

2009年12月10日

我が国独自の陶芸美 「 古伊賀 」 2

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産業的には、あるいは世界に与えた影響から見ても、日本を代表するやきものは伊万里

をはじめとする有田陶器だろう。

外国人から見ればまさに日本はイマリの国である。

景徳鎮磁器の後を継いで、有田の伊万里や柿右衛門はよく整い華やかでいわば世界

標準の美しさである。

だからこそ国内のみならず西欧各国を席巻したのだ。

ところが世界標準とは別にわが国には他国にはないやきものへの感性が存在し、また

それが具体化したやきものが存在する。

それが備前など土だけの焼締め陶群であり、中でも桃山時代の短期間に焼かれた

古伊賀の水指(みずさ)しや花入(はないれ)である。

伊万里が何千万点と造られたのに対しこの古伊賀はおそらく百か二百ぐらいしか今に

残っていない。

しかし、いくら少なくともこの古伊賀には日本独自のやきものへの美意識が凝縮されて

いるのだ。

2009年12月 9日

我が国独自の陶芸美 「 古伊賀 」 1

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やきものは土から生まれた。

その進化の方向は土から遠く離れてゆくことであった。

世界をリードした中国・景徳鎮で究極の進化を遂げた磁器である薄胎磁(はくたいじ)

は「 蝉の羽の薄さ、白玉の白さ、鏡の明るさ、磬(けい、金属の楽器)のように澄んだ

音を発する 」と賞揚された。

これらの形容はいずれも土の持つ重さ、鈍さ、暗い色調、、分厚さ などの特性から遠く

離れている。

世界のどこでもやきものは土器に始まり陶器を経て最後は白く薄い磁器に至るという

流れである。

ところが、我が国では室町時代末ごろから「 土そのもの 」に迫るという逆流が起こった。

備前(びぜん)、信楽(しがらき)、常滑(とこなめ)など、釉薬(ゆうやく)を掛けないで土の

味わいを引き出す焼締(やきし)めの茶陶がそれである。

その中での中心的な位置を占めるのが古伊賀なのだ。

出典 : 日本経済新聞 2009年11月26日号

      出川直樹氏著 「 日本のやきもの美学 4 」から。

      以下の記事も同じ。

2009年12月 8日

陶器と磁器の違い

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陶器は土でできている器。

素焼きの状態で、土の色(褐色)をしているものが多く、土の温かい風合いを大事にして

絵付けをしないものも多い。

土器、須恵器、土師器などは昔からあった。 備前焼、益子焼は陶器。

磁器は土ではなく、主に石の粉末を練ったものでできている器。

瀬戸物、志野焼などは、磁器。

磁器は、陶器より高温で焼かれ、指先ではじくと「チン」と高い金属的な音がします。

磁器は室町時代に中国から伝わったとされている。

2009年12月 7日

寝ていて足がつる

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寒い季節、ぐっすり寝入っているその時、突然足がつったり、こむら返りなったりして

激痛に目が覚めたことはありませんか?

体が重い、体長が悪いといった症状も増えがちな季節。

覚えがあるときにはマグネシウム不足の疑いがある。

普段は意外に意識しない栄養素であるマグネシウムは筋肉の働きを力強く、元気に

保つ。

同時に循環器系の健康を守り精神を安定させ、日頃の食物から得たエネルギーを

効率よく使う調整役としての働きもある。

カルシウムと一緒にとることが大切で、割合はカルシウム2に対してマグネシウム1が

理想的。

マグネシウムが少ないとカルシウムが増えすぎて筋肉の働きに支障をきたす。

血管壁の筋肉のけいれんがおきると、狭心症や心筋梗塞にもつながりかねない。

マグネシウムの多い食物は、豆腐、油揚げ、するめ、アサリ、ナッツ、ごま、胚芽米、

全粒粉のパンなど。

カルシウムをとるには、小魚類を頭からしっぽまで、丸ごと食べると効率的。

海藻類や牛乳にも多く含まれている。

簡単な方法としては、食卓に置いてあるごまを、ご飯、味噌汁、おかず、サラダなど

に振りかけて食べるのも一方。

出典 : 日本経済新聞 2009年11月28日号 「 ヘルス この一手 」から。

2009年12月 6日

声を使い分け、仕事で好印象

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高低3種の発声を使い分けることが重要。

①.チェスト・ボイス

  少しあごを引いてしっかり口を動かし、腹筋を使いながら低温で声を出すことを意識する。

  相手の信頼を得たい時や、説得したい時に効果を発揮する。

②.ヘッド・ボイス

  ハミングした時に頭頂に響く高さの声。

  のどを絞らず、全身をリラックスさせるのが発声のコツ。

  大会議室など広い場所で注目を集めたい時に使う。

③.ミドル・ボイス

  中間の高さの声。

  低音からハミングしていき、鼻がむずむずしてきたらそこでストップ。

  その高さの声を、あくびする時のようにしっかり喉の奥を下げて出せばOK。

  相手に期待を持たせたい時などに向いている。

冒頭のあいさつはヘッド・ボイスで元気よく、説明や相手との雑談はミドル・ボイスで、そして

説明の核心や、強調したい部分はチェスト・ボイスで話す。

締めは、ミドル・ボイスでトーンを少し上げると、明るく前向きな印象を与えられるという。

出典 : 日本経済新聞 2009年9月12日号。

2009年12月 5日

「江戸しぐさ」、人間関係を円滑に

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江戸時代の商人が暮らしの知恵として身につけた「 江戸しぐさ 」。

今に伝わるその振る舞いの例。

狭い道で傘を外側に傾けて相手がぬれないようにすれ違う「 傘かしげ 」。

「 七三歩き 」は、自分は道幅の3割分を歩き、残る7割を急ぐ人に開けること。

江戸しぐさの普及活動をする特定非営利活動法人「 江戸しぐさ 」の副理事長

桐山 勝さんによると「 横に並んでしゃべりながら歩くには ” とおせんぼしぐさ”

といい、慎まれていた。

自分の足を踏んだ相手の謝罪に対し「 私もうかつでした 」と返す「 うかつあやまり 」

は、「 いてえこの野郎 」と返して言い争いが広がるのを防ぐ意味があるという。

出典 : 日本経済新聞 2009年7月11日

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すれ違う同士で、まっすぐ歩いてよけないと衝突するのがわかっているのに、こちらが

よけても、よけない人。

平気で人の前を横切る人。

電車で、すぐ隣の席に人が座っているのに、その人の方に足先がゆくように足を組む人。

田舎では、こんなことをする人はいなかった。

周りの人はみな顔を知っていたからか?

家でそういう教育を受けたからか?

はたまた、東京では、お互い知らない人同士だから、平気で他人に迷惑なことを行なうのか?

2009年12月 4日

電話で「 お時間よろしいでしょうか? 」は不要か?

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2009年410月31日の日本経済新聞 実践マナー塾欄に 

「 お時間よろしいですか 」は不要? という下記の記事が掲載されました。

自分の名前をどう名乗るかも判断が難しい場面があります。

初めて電話した時は「 私岩下と申します 」といった具合に「 申します 」を使うように

すすめています。

ただこれも状況によっては「 岩下でございます 」と言った方が相手との心の距離が

少し近くなることに今年、審査をしていて気づきました。

マナー上は「 お時間よろしいですか 」と電話口で言い添え、「 申します 」を使うのが

基本ルールです。

ただ、基本ルールを実践すればだれもが満足してくださるわけではではありません。

臨機応変に対応できてこそ理想的なマナーなのでしょう。

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私は次のように考えます。

1. 「 ・・・と申します 」、「 ・・・でございます 」の区別

  ①.初対面、または初めて電話する時は 

    「 有限会社ケー・アンド・ケーの有馬と申します 」のように。

  ②.すでに面識がある場合は

    「 有限会社ケー・アンド・ケーの有馬でございます 」のように。

  * 個人の場合は、「 有限会社ケー・アンド・ケーの有馬 」ではなく、「 私有馬と

    申します 」のように言います。

2.「 お時間よろしいでしょうか?」

  話が1~2分で終わる場合は、特別断らなくて良い。

  3分以上かかりそうな場合は、要件名を告げてから「 今お時間よろしいでしょうか? 」

  を言い、相手のOKをもらってから話に入るのがよろしいのではないでしょうか?

  何の基準もなく、ただ「 臨機応変に対応 」と言われても、言われた方は困ります。

2009年12月 3日

街路樹 「プラタナス」今は昔 3/3

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ハナミズキは北米原産の外来種で、欧米でも街路樹として一般的だ。

遠い日本でも目立つようになってきたが、その” 健康状態 ”を危ぶむ声が専門家

から出てきている。

東京農業大学の濱野周泰教授は、

「 ハナミズキは根を張る土の乾燥や極端な湿り気に弱いが、日本の都市部の道路は

  街路樹を植えるスペースが欧米に比べて小さいため、湿気の調整が難しい。

  そのため貧弱になったり、ひどい場合は枯れたりするケースが増えている。 」

と指摘する。

「 道路の構造を考えると日本では乾燥や湿気に強いモミジバフウが適している。 」

と濱野教授。

秋に鮮やかな紅葉が楽しめる木で、中国・四国地方では街路樹に多く採用されている。

四季のある日本の街路樹は、夏に緑陰を作り冬は日差しを遮らない落葉広葉樹が多い。

このため自治体が最も頭を痛めているのが、秋の落葉対策。

放っておくと自動車やバイク、自転車などがスリップする原因にもなる。 

もっとも、切り倒すわけにもいかない。

2009年12月 2日

街路樹 「プラタナス」今は昔 2/3

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バブル崩壊後という時期にハナミズキが増えたのは、偶然ではない。

管理の手間がかからない点が好まれるからだ。

東京都公園緑地部の村木博介さんは

「 虫害対策が不要なのに加えて、ハナミズキは樹形を整える剪定(せんてい)作業が

  2~3年に1回で済む。 虫害対策や剪定が毎年必要だったプラタナスと比べ、管理

  コストは半分以下で済む。 」と説明する。

実利的な理由だけではない。 

春には白やピンクの花が咲き、秋は紅葉を味わえる。

この「 2度楽しめる 」という魅力も、地域住民に好まれる大きな要因だ。

2009年12月 1日

街路樹 「プラタナス」今は昔 1/3

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夏の強い日差しから歩行者を守り、秋の落葉で冬の訪れを知らせてくれる街路樹。

都市の暮らしで触れられる貴重な自然の一つだが、維持管理にコストがかかるため、

実はその顔ぶれも経済情勢の影響を受けやすい。

近年では、手間いらずのハナミズキが全国で急激に増えている。

「 街路樹がプラタナスだった頃は、夏に発生する毛虫の苦情が深刻。

  通行人の頭や肩ではっていたのを思い出す。 」

実は東京都の23区内は、2007年まではプラタナスがなお多く残り、街路樹の本数

ランキングを見てもイチョウに続く2位だった。

が、2008年の調査では5位に転落。

かわってハナミズキが2位に躍進した。

全国で見てもハナミズキは1990年代から急激に増えており、2007年調査では

4位になっている。 

出典 : 日本経済新聞 2009年11月16日号。

2009年11月30日

成功しか見えないワナ

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年末宝くじの季節になった。

何本も当たりが出た窓口だからと、人は並ぶ。

二度あることは三度ある、どうせ買うなら、と思わず並んでしまうのが人間の心理だ。

数学的にはどうなのか?

桜美林大学の芳沢光雄教授によれば「 どこの窓口も確率は同じ 」とばっさり。

「 当たる売り場 」は「 行列ができてたくさん売れるから、当選本数が多くなるだけ

のこと。

よく当たる売り場は、裏を返せばよく外れる売り場でもある。

はずれには目を向けず、当たりにだけ注目してしまう心理を、行動経済学では、

「 生き残りバイアス 」と呼んでいる。

例えば「 株価の騰落を10日間続けて当てた 」と主張する人がいたとしよう。

証言者もいる。 果たして彼は預言者だろうか?

行動経済学に詳しいトーマツの山本パートナーによると「 こうした預言は誰にでも

できる 」。

例えばこんな感じだ。

1万人に毎朝メールを出し、5000人には「 今日は上がる 」、残りには「 下がる 」

と伝える。

翌朝は予想が当たった5000人のうちさらに半分ずつに騰落予想を伝える。

これを繰り返すと、10人ほどの人は「 10日間当たった 」と証言することになる。

こうした生き残りバイアスは「 詐欺の常套手段でもある 」と山本氏はいう。

絶対勝てる投資術、必ずやせるダイエット法、元気になる健康食品---。

「 うまくいった 」と証言する人の陰に潜む「 うまくいかなかった 」人たち。

成功体験が目を引くのは、それが珍しいからでもある。

出典 : 日本経済新聞 2009年11月21日号。

2009年11月29日

かつお節

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煮て固めたかつおの切り身を燻(いぶ)して乾かしたものがかつお節。

このうち「 焙乾(ばいかん) 」という燻す工程で完了したものを「 荒節(あらぶし) 」

という。 主に削り節パックなど加工用に回る。 かつお節のうち、9割前後がこの荒節。

荒節の表面を削って見栄えを整えたうえで、かび付けをしてさらに乾燥させて、うまみを

引き出したものを「 枯れ節 」という。

特に高級品とされるのが、かび付けを繰り返した「 本枯れ節 」。

枯れ節は形も大切。

原料としては4.5キロ以上の比較的大きなかつおを使用する。

内臓を取り出して身を3枚におろし、2枚の身をさらに背肉と腹肉に切り分ける。

背側に肉が雄節( おぶし )、腹側の肉が雌節( めぶし )になる。

それを煮て固めて、骨抜きをし、整形をした後、乾燥させる。

煮たかつおに一番火を通す乾燥機も、その後、乾燥を繰り返す焚き納屋も、燃料と

しては薪( まき )。

「 本枯れ節 」として製品になるまでには半年かかる。

かつお節は、枯れるほど味わい深くなる、という。

2009年11月28日

食事のマナーはその国に合わせて

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イタリアのレストランでよく言われるのが、「 日本人がスパゲッティーを食べた時に

すごい音がしたのでビックリした 」というものです。

スープは音を立てずにいただくのがマナーであることはよく知られていますが、スパ

ゲッティーも、蕎麦を食べるときのような音を立てないのがマナーです。

正式には、スプーンを使わずフォークでひと口大に巻いて口に運びます。

スプーンは出されないのが普通。

観光客相手でないレストランだと「 スプーンをください 」と頼んでも、きょとんとされて

しまうかもしれません。

また、欧米ではテーブルに着くということは、その前にパンを手づかみにできるくらいに

手をきれいにしてある、ということです。 

ですから、テーブルに着いた後で手を拭くおしぼりの習慣はありません。

テーブルに着くとパンが出されますが、バターを一緒に出さない店も多いかと思います。

そもそもパンは、口をニュートラルにするためのもの。

料理にすでにバターやオリーブオイルが使われているのに、パンにバターをつけては

料理の味をこわしてしまう、と考えるのです。

出典 : J-B Style DEC.*JAN.

     下山信子さんの「 食事のマナーハその国に合わせて 」から。

     下山さんは、旅行日数4800日を超えるベテラン添乗員とのこと。

2009年11月27日

「 がんもどき 」 の由来

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がんもどきは豆腐の加工品の一つ。

精進料理の中で「 もどき料理 」の一つとして、肉の代用品として作られた。

「 雁もどき 」と当て字することからも、雁の肉料理に似せたものだといわれている。

ただし、鶏肉などの肉のすり身を卵大に丸めて煮たり、蒸したりする「 丸 (がん) 」

に似せて作ったとする説、安物の昆布を材料に使用したところ、その表面に糸昆布が

現れ、雁が飛んでいるように見えたことから「 雁もどき 」となったともいわれている。

2009年11月26日

善 哉 ( ぜんざい )の由来

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善哉は「すばらしい」を意味するサンスクリット語「 sadhu ]の漢訳。

仏が弟子の言葉に賛成・賞賛の意を表す時に、「それでよい」「実によい」といった

意味で用いられる仏教語。

小豆と砂糖を使った汁物を食べた僧があまりの美味しさに「善哉」と賞賛したことが

善哉のはじまりといわれている。

また、一休禅師が「善哉之汁」とほめたからだともいわれている。

一説に出雲大社で振舞われた神在餅が、なまって「ぜんざい」になったともいわれている。

2009年11月25日

托 鉢 ( たくはつ )

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托鉢とは鉢(僧が用いる食器)を持って食を乞う修行のこと。

信者の家々をまわり、生活に必要な最小限の食料などをいただく。

信者には布施の功徳を積む修行にもなっている。

こんな関係から修行者の呼称の一つである阿羅漢には

「 供養を受けるにふさわしい人 」という意味がある。

特に禅宗では重要な修行の一つ。

現在、托鉢には所属教団の管長の許可証である托鉢免許証の携帯が必要。

2009年11月24日

羊 羹 ( ようかん )の由来

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 羊羹とは文字の通り羊(ひつじ)の羹(あつもの)という意味で、羊の肉を使ったスープ

料理。

冷めると肉のゼラチンで汁が固まり、いわゆる煮凝(にこごり)になる。

この肉を使わないもどき料理が後に羊羹と呼ばれるようになる。

鎌倉時代から室町時代にかけて禅僧が伝えたといわれている。

小麦粉や小豆、葛(くず)に甘味料を入れたものを練り、蒸したり、ゆでたりして作った。

寒天を用いるようになるのは江戸時代になってからのこと。

2009年11月23日

精進料理 ( しょうじんりょうり )の由来

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仏教では戒律により肉食が禁じられているため、食材は動物性タンパク質を除いた

ものとなる。

野菜や豆類、穀物、海草、木の実、果実などとなる。

また、アルコール類も用いない。

ただし、タイやミャンマーなどでは乳製品は禁止していない。

精進料理の「精進」は六波羅蜜(六つの菩薩の働き)の精進(前向きに努力する)に

由来するといわれている。

鎌倉時代以降、禅宗の隆盛とともに精進料理は発達した。

単なる野菜料理とは違う。

2009年11月22日

饅頭( まんじゅう )の由来

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饅頭の起源には二説ある。

一つは、1349年に禅宗の僧と一緒に中国から渡来した林浄因(はやしじょういん)と

一緒に入ってきたといわれている。

中身は肉の代わりに小豆が使われた。

もう一つは、1241年、南宋に渡り、禅を極めた聖一国師(しょういちこくし)が福岡の

博多でその製法を伝えたといわれている。

その後、餡や皮、製法などにさまざまな工夫がなされ、多種多様の饅頭が生まれた。

現在でも禅宗では茶礼(されい、お茶を飲む儀式)に用いる菓子の一つとして重用

している。

2009年11月21日

「 般若湯 ( はんにゃとう ) 」の由来

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仏教では戒律で飲酒は禁じられている。

ただし、冬の寒さをしのぐためなどの理由で薬として酒を飲むことがあった。

そこで、「 仏の智慧のお湯 」という意味の「 般若湯 」という隠語が誕生したと

いわれている。

「 般若心経 」の 「 般若 」だ。

また、酒の製造を大寺院がしていたこともある。

僧坊酒(そうぼうしゅ)という。

戦国時代の終焉とともに歴史の幕を閉じるが、その高度な醸造技術や知識は

現在の造り酒屋や杜氏(とうじ)に受け継がれている。

2009年11月20日

「 シャリ 」の由来

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お釈迦様( おしゃかさま )の遺骨のことを舎利、あるいは仏舎利という。

サンスクリット語の「 シャリーラ 」の音写。

お釈迦様の遺骨は当初、八つに分けられたが、その後信仰のために無数に分骨され

続け、非常に微細な形状となった。

そのために米粒に似ていると表現され、俗に米粒のことを「 しゃり 」と呼ぶようになった

といわれている。

米をとぐ時にシャリ、シャリと音がすることを語源とする説もある。

2009年11月19日

「 高野豆腐 (こうやどうふ) 」の由来

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真言宗( しんごんしゅう )の本山、高野山金剛峯寺( こうやさん こんごうぶじ )に

由来することから高野豆腐といわれている。

真冬、高野山の小僧さんが豆腐を置き忘れたことによる製法の偶然の発見説、空海が

中国から伝えた携帯用非常食説などがある。

江戸時代の前半期、高野山の土産物、特産物として全国に広まった。

高野山の僧侶( 高野聖、こうやひじり )の活躍があったといわれている。

別名称がいくつかあるが、日本農林規格(JAS)では、凍み豆腐 (しみどうふ) 」が正式

名称になっている。

2009年11月18日

「 カルピス 」の由来

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カルピスの生みの親である三島海雲( みしま かいうん )(1878-1974)は大阪

箕面市にある教学寺という浄土真宗の寺の息子。

三島はモンゴルのアイラグ(牛乳を発酵させたもの)をヒントにカルピスを大正八年七月

七日に製造製造発売した。

カルピスとは、仏教語の「 醍醐味(だいごみ) 」( 乳製品の最上の美味・転じて教え

の真髄)を意味する「 サルビスマンダ 」と、当時重要な栄養素として注目され始めた

主原料牛乳に多い「 カルシウム 」を合わせて「 カルピス 」とした。

2009年11月17日

「 インゲン豆 」の由来

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インゲン豆の原産地は中央アメリカのメキシコ近辺。

コロンブスの新大陸発見にともなってヨーロッパへ伝わった。

日本には、1654年徳川家綱の招きでやってきた明の禅僧、隠元禅師(黄檗宗宗祖/

宇治・万福寺開山)が日本に持ってきたのが始まりだといわれている。

隠元はこの豆を普茶料理(ふちゃりょうり、黄檗宗の精進料理)の材料として普及させ、

後にインゲン豆とよばれるようになった。

四月三日の隠元の命日はインゲン豆の日担っている。

以下 出典 : 大法輪 2009年10月号 

2009年11月16日

不快にさせない聞き方

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自分の話をまじめに聞いてくれる相手には人は好意を持ちます。

他人に話を聞かせられるばかりでは、人は「 他人の話を聞かないで、自分ばかり話して

・・・ 」と故意を感じがたい印象を持ちます。

時間の70%は相手の話を聞き、自分が話すのは30%位の感じでですね。

相手に話をさせるには準備が必要です。

あの相手にどんな話をさせようか?

自分はどんな話題を提供しようか?

を考えておくことです。

また、話し手の目を見ないで聞かれると、「 この人、人が話しているのに、何を考えて

いるのだろうか? 人の話を聞いているのだろうか? 」と思いかねません。

反対に、相手が話している間中ずっと視線をあわせっぱなしでは、窮屈な感じを与えます。

基本的には目線を合わなければなりませんが、時々目線を外すと良いでしょう。

2009年11月15日

話のきっかけを作る

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相手が答えやすい質問をあらかじめ用意しておくとともに、相手の答を予想する。

どんな答が出てきても、困らないように3つ話題を用意しておく。

あらかじめの準備とスッキリした頭が必要です。

睡眠不足や二日酔いなどでは、相手の話にすばやく、しかも正確に反応できません。

反応が遅かったり、まとはずれな反応は相手の印象が悪くなりかねません。

会話の途中では、時々相手の話を簡潔に要約してみるのも一方です。

もし的外れであれば、相手が説明、修正しますし、的外れでなくても、相手はさらに

詳しい説明をしてくれるでしょう。

2009年11月14日

オープン・クエッションとクローズド・クエッション

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「 どんなお酒が好きですか? 」のように答える自由度が高い質問が、オープン・

クエッションで、「 ビール、日本酒、焼酎、洋酒 どれがお好きでしょうか? 」の

ように限定された質問がクローズド・クエッション。

オープン・クエッションで相手が答えにくい場合は、クローズド・クエッションで聞くと

相手は答えやすい。

2009年11月13日

相づちとうなずき

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相手の話を聞いている時、相づちを打つのに、同じ言葉を使うと、適当に聞いている印象を

与えるので、これを避けるため、相づちの言葉を、「 ええ 」、「 はい 」、「 なるほど 」、

「 はあ 」、「 すごい 」、「 さすが 」など多様に使い分ける。

うなずきも相づちと同様相手に対する反応です。

相手のどんな話にも同じうなずきばかりでは、話している相手はいいかげんに聞いている

とか、時にはバカにされているような印象を持ちかねませんので、話題や話し方に合わせて

「 ゆっくり 」うなずいたり、「 早く 」頷いたりします。

2009年11月12日

アグフレーションとは?

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2007年12月8日の英エコノミスト誌のコラムで使われた。

農業( アグリカルチャー )とインフレーションを合わせた造語で、農産物インフレを指す。

農産物価格は、74~75年の間、干ばつなどで一時的に高騰しても30年以上にわたり

基調としては、低迷が続いた。

この間の一般物価の上昇を考えると、農産物価格は実質75%下がった。

これに対し、00年代に入ってからの農産物価格は強い上昇トレンドを示すようになった。

背景に、中国やインドなどの経済発展に伴う不可逆的な食生活の変化がある。

出典 毎日新聞 2009年10月23日

2009年11月11日

元気な顔の作り方

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気力は顔に現われる。 それも、眉間の中央に出る。

そこは古来「 印堂 」と呼ばれ、陽気(プラスエネルギー)の宿る場所とされてきた。

ヨガでは、印堂をチャクラ(エネルギーセンター)と位置づけ、「 第三の目 」とも呼んでいる。

印堂は気力だけではなく、直感力や洞察力、精神性の高さや理想を司る場所でもあると考え

られているからだ。

仏像の眉間の中央に丸い印が描かれていたり、宝石が埋め込まれていたりするのもその

ためである。

眉間が黒ずんで力のないように見える顔を、故人は「 破相 」と呼び、嫌った。

そうした相の人は、仕事で失敗を重ね、家庭を暗くし、不運の人生を歩むと見なした。

宮本武蔵は、相手の精神状態や健康状態を眉間で判断し、印堂に力のない人は相手に

しなかったという。

印堂がきれいで、光り輝いている人、また眉間にすごみを感じる人は、運気が旺盛で、

幸運にも恵まれるとされている。

毎朝顔を洗う時には、鏡で自分の印堂をチェックするといい。

元気でいい顔をしている時は、印堂がすっきりとして見え、元気のない顔をしている時は、

印堂もくすんで見える。

印堂につやがなく、くすんでいる時は、落ち込んでいたり、悩み事を抱えていることが多い。

そんな時は、眉間の中央に人差し指を軽く当て、10秒ほどマッサージすることをお勧めする。

気の流れが良くなって、印堂の運気が蘇る。 

毎日続けていると、不思議と気力もみなぎってくるだろう。

笑うのもいい。

常日頃から笑顔を作るように心がけていると、破相も消えていく。

笑う門には福来る。

なお、印堂は不快な症状を取るツボとしても使える。

目の疲れ、頭痛、鼻炎、蓄膿症のツボとして効果がある。

出典 : 日経ビジネス 2009年10月19日号。

2009年11月10日

体を温める紅茶やハーブ

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朝晩の寒さを意識するようになりました。

普段あまり運動していない人は、筋肉が十分ついていないため、体の血の巡りが

悪くなり冷え症になりやすいという。

寒い季節には更に運動量も減りがちで、そのために冷え症が進行し、便秘や乾燥など

の不調も起きやすくなります。

漢方の桑楡堂(そうゆどう)薬局の中医師、邱紅梅さんによると、

「 お茶には身体を温める”温性”と、体を冷やす”涼性”のものがある。

 体を温める飲み物の特徴の目安は、茶葉の発酵度。

 漢方では発酵が進んで赤色になるほど、音声が強くなる。

 茶葉では、紅茶やプーアール茶などがそれに当たる。

 発酵が進むほど有効成分が低分子化するなどの変化が起き、体内の代謝が促進

 される。

 漢方では、体が不調に傾くのは自律神経を示す”気”、血液の”血”、水分代謝を示す

 ”水”の滞りが原因と考える。

 冬に起きる体の不調は主に血と水の滞りが原因。

 血の滞りは冷えや肩こり、水の滞りはむくみと乾燥、便秘などの症状として現れる。

 特に東洋人の女性は冷えやすい体質の人が多いので、冬には温性の中でも水の

 巡りに良い穀物や豆のお茶、血を巡らせる生薬・スパイスを意識して取るとよい。

 食事についても体が温まる食材を選ぶことで、さらに効果を上げることができる。

 漢方の考えでは、カボチャ、ショウガ、ニラ、ネギ、ニンニクなどの野菜類が温性で

 体が温まる。

 これに同じく鶏肉、羊肉、エビ、サケなどを組みあわせて、鍋で食べることで効果

 あみられるだろう。 」

という。

出典 : 日本経済新聞 2009年10月31号

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筆者は、ここ4~5ヵ月、お茶として「 ショウガ紅茶 」を飲んでいます。

紅茶に、ショウガをすりおろしたものを少々入れ、かき混ぜて飲んでいます。

1日に1度か2度飲んでいます。

2009年11月 9日

冷えは万病のもと? 3/3

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対策はつぎのとおり。

東京女子医科大学付属青山自然医療研究所クリニック 斑目健夫医師は、

朝起きた時から1日に数回、湯たんぽで腹部や尻、太ももの前面、上腕の伸び筋などを

温めることを勧めている。

体温が1度前後上がり、リンパ球数が回復することが分かってきた。

ただ、継続しないとすぐに体温は下がる、という。

早稲田大学で体温を研究する永島 計教授は、

「 運動などで筋肉量を増やし、基礎代謝を上げることが望ましい。

 体温は、代謝の時の熱エネルギーを使って維持しているからだ。」

という。

食べ物などで基礎代謝を徐々に上げ、体温上昇に役立てようという研究も始まった。

味の素健康基礎研究所では、唐辛子の一種からとれる辛み成分カプシエイトと基礎

代謝の向上について研究を進めており、動物実験では代謝向上効果などが見られた。

ただ、体温にも個人差はある。

もともと低い人が無理に体温を上げようとすると、逆に自律神経のバランスが崩れ、

かえって免疫力を下げる結果になりかねない。

適度な運動で基礎代謝をあげながら、地道に体を「 改良 」していくしかない。

2009年11月 8日

冷えは万病のもと? 2/3

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免疫に関する著書がたくさんある新潟大学 安保 徹教授は、

「 交感神経と副交感神経からなる自律神経の乱れが体温低下と免疫低下を招く。

 リンパ球などが35度では働けず、体温の低い人は風邪でも2~3週間引きづる

 ことになりかねない。 」

と指摘する。

漢方に詳しい目黒西口クリニック 南雲久美子院長は、

「 過度な緊張をしている人は、交感神経が活発になって手足の血管が収縮し

 十分に血流がまわらず、冷たくなっている。」

と指摘する。

2009年11月 7日

冷えは万病のもと? 1/3

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昔から「 冷えは万病のもと 」といわれるが、そもそも「 低体温 」だと健康によく

ないのはどうしてか?

斉藤真嗣医師は著書「 体温を上げると健康になる 」で、

「 体温が1度下がると免疫力は30%低下し、1度上がると500~600%もアップする。 」

と説く。

西洋医学と

東洋医学を統合した医療を試みている東京女子医科大学付属青山自然医療研究所

クリニック 斑目健夫医師はによると、

「 人間の体温は、何度が健康なのか。

 内臓周辺では、36~37度に保たれていなければならない。

 34~35度になるのは、内臓に十分な血液が流れていない証拠。」

体温を上げると免疫の働きにもよいという根拠の一つが、生命活動を促す酵素が

働きやすくなるという考え方。

理化学研究所生体防御研究チームの改正恒康チームリーダーは、

「 実験で細胞を扱う場合、36度より37度の方が酵素の働きもよくなり、細胞活動

 が上がる。

 体が温まると緊張がほぐれ、副交感神経が働きやすくなるため、神経ホルモンが

 高まって免疫細胞のリンパ球が活性化することもある。」

という。

出典 : 日本経済新聞 2009年11月1日号 「 冷えは万病のもと 」を探る

2009年11月 6日

ストレスに強い脳、弱い脳 2/2

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セロトニンを増やすには、脳内にあるセロトニン神経を鍛えて、充分セロトニンが分泌

されるようにするのが第一。

セロトニン神経を鍛える基本は次の3つ。

1. 太陽光を浴びる

  5分カラ30分。 長くても1時間。

  朝の散歩が最適。

  人間の心に太陽の光がいかに大事かは、冬場に太陽の光の恵みが極端に減って

  しまう北欧の国々では、冬季うつ病(季節性感情障害)という病気が冬の期間に

  よく見られる。

2. リズム運動

  一定のリズムで、筋肉の緊張と弛緩を繰り返す運動。

  たとえば、ウォーキング、ジョギング、自転車こぎ、ダンスは典型的なリズム運動。

  やりすぎは禁物。

  腹筋を使って深い呼吸をするのもよい。

3. スキンシップ

  セロトニン神経の活性化に、最も効果的なのものは、人と人が軽く触れ合うこと。

  リズミカル・タッチの繰り返しである「 タッピング・タッチ 」が心に効き、ストレス

  緩和に大きな効果がある。

2009年11月 5日

ストレスに強い脳、弱い脳 1/2

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脳内のセロトニン神経から分泌される物質である「 セロトニン 」は「 図太い心 」を

作る復元力の源。

セロトニンの量が減ってしまうと、私たちは「 図太い心 」でいられなくなる。

ストレスを受けると、すぐに落ち込んでしまってり、やみくもに抵抗したりして、どっしりと

落ち着いていられなくなる。

セロトニン神経を鍛えないでいると、セロトニンの量が不足、セロトニンの働きである

「 すっきり爽快な意識を作りだす 」

「 平常心を維持する 」

「 交感神経を適度に興奮させる 」

といった効果がもたらされず、脳の活動が全体的に低下します

その結果引き起こされるのが「 うつ病 」。

出典  「 ストレスに強い脳、弱い脳 」 

    東邦大学医学部統合生理学教授 有田秀穂 氏 著  ( 青春出版社 )

2009年11月 4日

億劫 ( おっくう )

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写真の三角形の島は、岡山県玉野市の渋川海水浴場から見た大槌(おおづち)島。

大槌島の向こうの山並みは、四国香川県の山々。

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とてつもなく長い時間をあらわす言葉に「劫(こう)」というのがある。

「 寿限無 ( じゅげむ ) 」という落語の中に「 ごこうのすりきれ 」という言葉

が出てくる。

「 ごこう 」は「 五劫 」と書き、この五劫の劫が長い長い時間の単位なのである。

ただし、劫というのは100年とか千年といった具体的な時間の単位ではない。

漠然ととてつもなく長い時間ということを示したものだが、仏典には一劫がどの

くらいの長さについては次のような記述もある。

一四、五キロメートル四方の鉄の入れ物を二つ用意し、片方にケシの実を満たす。

そして、一年に一粒ずついっぽうの空の入れ物に移す。

すべてを移し終わったら、再び元の入れ物に一年に一粒ずつ戻す。

すべてを戻し終わるまでの時間が一劫だという。

あるいは、雲を突くような大岩に、天女が百年に一度、降りてきて、羽衣で表面を

優しく撫(な)でる。 そして、大岩が擦り減ってなくなるまでの時間が一劫だという。

いずれにしても一劫は想像を絶する長い時間なのである。

地球が出来てから40数億年と言われ、さらに40数億年後には地球は消滅する

と言われている。

つまり、地球の寿命は80億年ということになる。

おそらく、それくらいの時間が一劫ということになのだろう。

今でも「 億劫 ( おっくう ) 」という言葉は良く使われる。

これは文字通り、一劫の1億倍という意味だ。

そんな長い時間はもう考えるのも嫌になってしまう。

そこから、やる気がなくなる、考えるのも面倒くさくて嫌になるということを「 億劫 」

というようになった。

劫という言葉は今も身近なところで使われている。

出典 : 大法輪 2009年11月号 「雑学から学ぶ仏教 」 瓜生 中 氏 著。

2009年11月 3日

季節性うつ病

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秋の日はつるべ落とし。

日照時間がどんどん短くなるこの季節が、気分や体調に異変をもたらすことがある

ことが最近、知られてきた。

「 季節性うつ病 」と名付けられたこの病気、できれば避けるかうまく付き合えるよう

工夫したいもの。

クマが冬眠し、ツバメが春から子育てするように、たくさんの生き物が季節に合わせて

行動している。

私たち人間も季節変化に敏感で、冬にうつ症状が強く出る人がいることを明らかに

したのが

米国の精神科医ノーマン・イーE・ローゼンタール。

ローゼンタールは、こうした患者に光治療を行なうことを1984年に提案し、

以来、季節性うつ病の存在が世界的に知られるようになった。

体内時計の研究では、朝起きて浴びた太陽の光が目に入り、脳の視床下部に

ある視交叉上核という場所を刺激することで、毎日、体と心のリズムをリセットする

のだろうと考えられている。

冬に日の出時刻が遅くなったり、光が弱くなったりすることで体内時計機能に

変調をきたすことが、季節性うつ病以外でも、様々な不調の原因になる可能性

があるという。

以下は、不調のサインと対策。

( 不調のサイン )

  1. 冬になると気分が落ち込みやすくなり、翌年3~4月になると改善する。

  2. 一般的なうつ病と違って午前中は比較的活動的。

  3. 睡眠時間がどんどん長くなる。

     とくに午後から夕方に眠気が強まる。

  4. 疲れた時に炭水化物や甘いものが欲しくなり、体重が増えていく。

( 対 策 )

  1. 日の出が遅くなっても、毎日同じ時間に起きる。

  2. 起床後は、窓越しやベランダで明るい景色を見る。

  3. 朝食はきちんと食べる。

  4. 午後に20~30分ほど散歩する習慣をつける。

出典 : 日本経済新聞 2009年10月17日号。 「 秋から増える季節性うつ病 」

2009年11月 2日

BOP ( ボトム・オブ・ピラミッド )

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 「 ボトム(またはベース)・オブ・ピラミッド 」の略。

経済ピラミッドの底辺を指す概念で、米ミシガン大学ビジネス・スクールの

プラハラード教授が提唱したとされる。

年間所得が3000ドル(約27万円)未満の約40億人がBOPに相当する。

低所得層ではあるが、世界人口の約7割を占める規模の大きさが注目され、

国際企業による市場開拓が活発化。

途上国向けビジネスと貧困削減を両立させる取組みをBOPビジネスと呼ぶ

ケースが多い。

収益確保が主体であり、企業の社会的責任(CSR)活動の発展型といえる。

BOPの潜在的な市場規模は、5兆ドル(約450兆円)と推計されている。

参照 : 日本経済新聞 2009年10月18日号。

2009年11月 1日

ネクスト11 ( ネクスト・イレブン )

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投資家の間では、投資先としてVISTAの次に、金融危機の打撃が比較的小さかった

「プチ新興国」に注目が集まっています。

先進国に需要に限界が見え始める中、「プチ新興国」は、消費を牽引できる若年層

の人口規模が成長力を探る尺度となりました。

さらに、世界的な資源高騰で、天然ガスや石油を持つ優位性も再評価されました。

VISTAの次の(ネクスト)国として下記の11ヶ国が挙げられています。

①. ベトナム

②. インドネシア

③. トルコ

* 上記3ヶ国はVISTAと重複。

④. イラン

⑤. エジプト

⑥. 韓国

⑦. ナイジェリア

⑧. パキスタン

⑨. フィリピン

⑩. メキシコ

⑪. バングラデシュ

参照 : 日本経済新聞 2009年10月18日号。

2009年10月31日

VISTA ( ビスタ )

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グローバル投資の新たな対象先として注目を集める代表的な国を指しています。

ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン 5ヶ国の頭文字から

命名されました。

豊富な労働資源、労働人口の増加、購買力のある中産階級の台頭といった条件

を備えています。

VISTAの経済規模は、2050年にかけて現在の14.4倍に拡大すると推計

されています。

1.9倍の主要国はもちろん、10.7倍のBRICsをも上回るペースでの急成長

と推計されています。

参照 : 日本経済新聞 2009年10月18日号。

2009年10月30日

BRICs ( ブリックス )

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BRICs ( ブリックス )は、ブラジル ( Brazil )、ロシア ( Russia )、インド 

( India )、中国 ( China )の英語の頭文字をつないで作った造語です。

アメリカのゴールドマン・サックス証券が、2003年10月に発行した投資家向け報告書

「 Dreaming うぃth BRICs : The Path to 2050 」で初めて使用してから

広く使用されるようになりました。

2009年10月29日

チャイメリカ

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昨年11月に開かれた初の20ヵ国・地域(G20)首脳会議の際、米ハーバード大学教授

ニーアル・ファーガソン氏が、米中の相互依存関係を説明するのに用いた造語。

米紙ワシントン・ポストに投稿した論文で、「 巨大な貯蓄国と巨大な消費国のパートナー・

シップ 」が世界経済に重大な影響を与えると解説した。

G20が模索した新金融秩序を 「 ブレトンウッズ2.0 」と呼ぶなど同氏は新語をよく

つくる。

参照 : 日本経済新聞 2009年10月3日号。

2009年10月28日

エルニーニョの正体

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今年の夏は記録的な豪雨や日照不足に見舞われた。

天候不順をもたらしたとされるのが「エルニーニョ現象」だ。

世界規模で干ばつや洪水などを引き起こすと言われる。

長年の研究で、発生の仕組みは見えてきた。

太平洋の赤道付近では、貿易風と呼ぶ風が東から西に吹く。

これが海面近くの温かい水を西へ運び、西側の水温が東側よりも高くなる。

だが、いったん貿易風が弱くなると、西側の暖かい水が東へ移動し、南米ペルー沖の

水温が高くなる。 これがエルニーニョだ。

それでは、貿易風が弱くなる引き金は何か。

有力候補が「 西風バースト 」だ。

冬から春先に西太平洋で強い西風が吹き、貿易風が打ち消される。

赤道を挟んで南北に強い熱帯低気圧が発生すると、西風バーストになりやすい。

北半球の渦は反時計回り、南半球の渦は時計回り。

これらの渦のため強い西風になる。

日本大学の山川修治教授は「 2つの強い低気圧が発生した数ヵ月後にエルニーニョ

になることが多い 」と指摘する。

出典 : 日本経済新聞 2009年9月27日 号 「ナゾ謎かがく」から。

2009年10月27日

金価格の高騰

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金の価格が急上昇している。

10月6日のニューヨーク・マーカンタイル取引所の金先物相場は、指標となる12月

渡しが一時、1トロイオンス=1045.00ドルまで上昇し、08年3月につけた取引時間

中の最高値( 1033.90ドル )を、約1年7カ月ぶりに更新した。

ドル安の進行と表裏一体的な動きで、当面はドル安基調が続くとの見方が強いこと

から、金価格は一段の上値をうかがう展開も予想される。

金価格が上昇基調にあるのは、米国の超低金利政策の長期化観測からドル安=

ドルの価値下落が進行し、安全資産である金に資金が流入しているためだ。

金価格は08年3月、商品価格の上昇を受けて一時1000ドルを突破。

金融危機で一旦下落したが、最近は超低金利のドルを売って、高金利の資源国

通貨や金など商品先物に投資する「ドル・キャリー取引」が広がっているとされる。

出典 : 毎日新聞 2009年10月8日 から。

2009年10月26日

葬儀・法事の仏教語 (10) 彼岸 ( ひがん )

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彼岸とは、梵語のパーラミター( * それを音写したのが、波羅密多(はらみた) )

を訳した「 到(とう)彼岸 」を短くしたものです。

到彼岸、すなわち、迷いの世界である「 此の岸 」から、悟りの世界である

「 彼の岸 」へ渡ること、または、渡るための修行が、本来の意味なのです。

つまり、お彼岸は、春と秋に七日ずつありますが、その七日のうち、中日をはさんだ

六日間で、悟りの岸へと渡るための六つの実践行をするのが正しい彼岸会(え)、

「 到彼岸 」会なのでした。

順番に「 布施 」「 持戒)じかい) 」「 忍辱(にんにく) 」「 精進(しょうじん) 」

「 禅定(ぜんじょう) 」「 智慧(ちえ) 」がその徳目で、六波羅蜜とも、六度(ど)

とも呼ばれます。

俗に、「 暑さ寒さも彼岸まで 」と言われるこの季節の変わり目が爽(さわ)やかに

体感できる時節に、年2回ほど、「 悟りの岸 」へ渡るための修行を一日一テーマ

で実践しようというのですから、この彼岸会を発明した人は、天才的なアイデアマン

だ、不世出の鬼才プロデューサーであり伝道者だ、と、いくら誉めそやしてもたり

ない気がいたします。

2009年10月25日

葬儀・法事の仏教語 (9) 位牌 ( いはい )

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位牌が戒名を記したものだということは、皆さんよくご存じでしょうが、実は、この位牌

というもの、その大本のルーツは、儒教なのです。

儒教では、位板(いばん)、木主(もくしゅ)、神主(しんしゅ)、虞主(ぐしゅ)といって、

生前の位官、姓名を祖廟(そびょう)にまつる風習が古くからありました。

このやり方を宋の時代に留学した禅僧が持ち帰り、そこへまが国古来からの「 霊代

(たましろ) 」という、木板を祖先や個人の魂が宿った象徴として崇める風習が一緒

になって、今日のような位牌が出来上げりました。

そんな訳で、日本以外の国では、仏教における位牌というものは存在しません。

しかし、俗語で跡取りのことを「 位牌持ち ( * 施主の役どころなので ) 」

というように、儀礼における地位が極めて高いのが、位牌です。

世界の仏教から見れば変種なのでしょうが、日本人の信仰形態、心情にぴったり

合っている、と言っては言いすぎでしょうか?

2009年10月24日

葬儀・法事の仏教語 (8) 戒名 ( かいみょう )

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戒名とは、その名の通り、「 戒 」( 守るべき戒(いましめ) )を師僧から授かり、三宝

(さんぼう。 = 仏、法、僧 )に帰依することを誓って、仏弟子になる時に頂く(いただく)

名前です。

( * 教義的な理由から、「 戒名 」と言わずに「 法名 (ほうみょう) 」や「 法号 (

ほうごう ) 」という宗派もあります )

現在は、葬儀の時に、導師が引導文を詠(よ)み上げながら追贈(ついぞう)するのが

一般的ですが、本来ならば、生きている間に受戒(じゅかい)して、「 自分は仏教徒

として仏法にふれている 」という自覚を得るのが筋道なのです。

ですが、戒名は亡くなって初めて頂く、と大多数の方がぼんやりと思い込んでおられる

現状の「 常識 」を、根底からひっくり返すのは、まだまだ時間がかかりそうです。

それどころか、赤ちゃんの「 名付け本 」に便乗したのか、「 あなたも自分で戒名が

つけられる! 各宗派対応 」なんて本までが出る始末。 いやはや、何んとも。

笑撃的な本が世に出たものです。

しかし、笑っている場合じゃありません、この痛すぎる末法ぶりは。

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用語の意味 ( 広辞苑による )

臨終 = 死に臨むこと。 死にぎわ。

導師 = ①. 仏道を説いて衆生を悟りに導く者の意で、仏・菩薩の敬称。

       ②. 法会の時、中心となる僧。また、唱導の師で、願文・表白を述べて

          一座の人々を導く者、唱導師。

肝心要 = 極めて肝要なこと。

讃歎 = ふかく感心して褒めること。

追贈 = 死後に官位、勲章などを贈ること。

受戒 = 仏門に入るものが、仏の定めた戒律を受けること。

戒律 = ①. 一般に宗教における生活規律。

       ②. 出家者・在家者の守るべき生活規律。

          戒 = 自発的に規律を守ろうとする心の働き。

          律 = 他律的な規則。

2009年10月23日

葬儀・法事の仏教語 (7) 引導 ( いんどう )

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「 引導を渡す 」とは、正しくは、人生の最後である臨終(りんじゅう)のいちばん大事な

時に、導師が仏弟子となった死者に法語を与え、「 迷うことのない世界へ旅立つのだから、

安心せよ、嘆くなかれ、恐れるなかれ 」と、文字通り、仏の教え、仏の世界へと導き入れる

、葬儀法要における肝心要(かんじんかなめ)とも言うべき大切な儀式です。

( * 浄土真宗だけは、その教義ゆえに引導をわたしませんが、代わりに阿弥陀さまに

救われる喜びを、お経を唱(とな)えて讃嘆します )

ですから、本来は、引導を「 わたす 」「 わたされる 」などと、軽々しく使われるべき言葉

ではないのです。

引導、という言葉が聞こえたなら、果たしてそこに「 生き死に 」の問題や場面があるのか、

己が胸元に切っ先を向けていただきたい、とさえ思うのです。

2009年10月22日

葬儀・法事の仏教語 (6) 荼毘 ( だび )

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荼毘に付す、とは「 火葬すること 」だとは皆さんご存知でしょうが、この荼毘という

不思議な響きのある言葉が、何から来ているのかまでは、ほとんどの方が知らない

のではないでしょうか。

「 荼毘 」とは、パーリー語のジャーペーティを漢字に音写したものだと言われています。

その意味するところは「 燃やす 」「 火を点ける 」「 火葬にする 」。

我が国の葬法は、古来より土葬、風葬、水葬が行なわれており、その中でも土葬が主流

でした。

仏教は6世紀の前半に外来の思想として「 輸入 」されたのですが、その後、いわば

舶来(はくらい)の葬法として、8世紀初めから火葬が取り入れられ、少しずつ広まって

行きました。

つまりは、外国生まれのスタイルで、いわば新参者であった火葬は、それに相応しい

日本語がなく、また、死に関する事項は一種のタブーであり、忌み言葉ですから、

ジャーペーティの音を漢字に置き換えた「 荼毘 」が、そのまま日本語として定着

したのだと思われます。

2009年10月21日

葬儀・法事の仏教語 (5) 枕経 ( まくらぎょう )

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臨終の直後に菩提寺から僧侶を招き遺体の枕もとに三具足を飾った上で、(さらに

一膳飯(いちぜんめし)や枕団子(まくらだんご)を供えたりもします)、その側で読経

してもらうことを言います。

この枕経は、インド発祥らしいのですが、日本では、キリシタン禁止の政策上、死体

改め(一種の宗門改めとして)の意味も加わり、江戸時代から一般に広がったようです。

ですが、本来の枕経の目的は、「死者」という、まだ仏の世界へ旅立つ前の存在と、

こちら側に残り、まだ見送る準備もできずに動揺している遺族の双方に仏の教えである

お経を静かに読み聴かせ、またわかりやすく仏法を説き、話す。

そして、その厳粛な癒し、慰めの時間の中で、死者と親族から迷いを取り去ることだと

思われます。

昔は一晩中、読経していたと言いますし、近親者だけで、日頃から親しんでいるお経を

読誦したり、念仏や唱題をするのも大変に意義深く、功徳のあることではないでしょうか。

2009年10月20日

葬儀・法事の仏教語 (4) 布施 ( ふせ )

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お布施というと、回向をしていただいたお坊さんに包む御礼、と一般には思われて

おりますが、本来は「 自分のできることを他人にしてあげて功徳を積むこと 」と

いう意味です。

原語である梵語では、「 ダーナ 」と言います。

檀家というのもここから来ておりまして、菩提寺を支えて行く、サポートして、盛り

立てて行く信徒の方々、各家々という意味です。

余談ですが、「旦那(だんな)」や、英語の「 ドナー(寄付する人) 」も同じ語源で

して、平たく言えば、「 布施行 」をする方々、と言えましょうか。

また、布施というのは物やお金だけではなく、行いや考え方によって相手に尽くす

ことも含みます。

身体の弱い方やご老人にサッと席を譲る、悩んでいる人に優しい言葉をかけてあげる、

温かいまなざし、表情で親愛の情を示す。

それら全てが「 布施行 」なのです。

法要の場では、僧侶は「 法施(ほうせ) 」と言って、有難い仏法を伝道して行く役目

を担います。 これもまた布施行です。

これに対し、文字通り「 施(ほどこ)しの主 」である施主さんが心を込めて「 財施 

(ざいせ) 」 ( 物やお金を布施して功徳をつむこと )をする、というのが正しいあり

方なのです。

2009年10月19日

葬儀・法事の仏教語 (3) 香