幕末外交に大きく影響した「 フェートン号事件 」 No.3

この事件は日本史に重大な影響を与えた。
それまでの日本は「鎖国」をしていたとはいえ、外国船を無闇に追い払うようなことは
していなかった。
というのは、航海中に食料や飲料水が不足するなどということは珍しいことではなく、
また嵐などの不可抗力で日本の海岸に漂着してしまうことだってある。
そういう折に幕府は薪水などを与えて国外退去を命じていた。
つまり、人道的に対応していたのである。
ところが、このフェートン号の無法に怒った幕府は、身内の松平康英が犠牲になった
こともあり、「 有無を言わさず無二念(むにねん)(余計なことを考えずに)打ち払え 」
という、極めて乱暴で強硬な異国船打払令をだしたのである。
1925年のことだ。
この対応にはやはり大きな問題点があった。
なぜ長崎奉行松平康英は切腹しなければならなかったのか?
それはフェートン号というたった一隻の戦艦(しかも帆船)にまるで歯が立たなかった
からだ。
そもそも佐賀藩が規定の人数を警備に回してもダメだったということは分かったはずだ。
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