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幕末外交に大きく影響した「 フェートン号事件 」 No.1

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1808年(文化5年)、長崎に侵入したイギリス軍艦による狼藉事件。

ナポレオン戦争によりフランスに併合されたオランダと交戦国の関係にあったイギリスの

軍艦フェートン号(艦長・ペリュー大佐)が1808年10月24日(和歴8月15日)、オランダ

国旗を掲げて長崎に入港、これを蘭船と誤認して、長崎奉行所役人、通詞らとともに出向

いたオランダ商館員2名を捕らえ、湾内を探索したうえ、薪水、食料を強要して乱暴を

働いた。

イギリスの国旗を掲げるべきなのに、オランダ国旗を掲げてダマしたこともそうだが、

民間人であるオランダ商館員を人質にとって、中立国である日本を脅迫し、物資を

奪い取ったのであるから。

フェートン号は巨大戦艦ではあったが、木造帆船で蒸気船ではない。

しかし、それでも日本側はこの狼藉を黙って見ているしかなかった。

日本側は同じ帆船とはいえ、一本マストデ帆が一枚の外洋航海できない帆船しか

なかったし、大砲も基本的に戦国時代と同じもので、破壊力も射程距離もフェートン号の

艦砲にすら及ばなかったのである。

出典 : 週刊ポスト 2010年2月12日号  井沢元彦氏著 「 逆説の日本史 」

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