禅 語 : 一葉落知天下秋

一葉(いちよう)落ちて天下の秋を知る。
「 淮南子 (えなんじ) 」「 説山訓 (せつざんくん) 」に「 一葉の落つるを見て歳の
将(まさ)に暮れなんとするを知る 」による。
桐の葉一枚が落ちるのを見て、秋の到来を知る。
ささいな出来事の中にも示される大自然の真実(仏法)。
また、わずかなやり取りの中に示される学人の才気。
「 圜悟録 (えんごろく) 」巻一に「 問う、大庾嶺(だいゆれい)頭、提不起。
如今(いま)、何としてか師の辺に在りや。 師、払子(ほっす)を挙(こ)す。
進みて云く、拈来(ねんらい)すれば宇宙に当たり、錦上(きんじょう)、更に
花を鋪(し)く。 師云く、一葉落ちて天下の秋を知る 」とある。
六祖が大庾嶺で示した仏法が師のもとにあるとはどういうことか、の質問に、圜悟
は払子を立てて答とした。
そんな余計なことをしなくても仏法は現前にあるという僧の発言に、圜悟は秋の
到来はやはり一葉の落ちるをもってこそ知りうる(表現できない世界をあえて表現
する)と答える 」。
宏智正覚 (わんししょうがく) (1051-1197)の『 頌古 (じゅこ) 』の「 真身
(しんじん) 」にも「 一葉落つる時、天下の秋。 不風流の処、却って風流 」
(一葉が落ちる季節は必ずしも風流ではない。 しかしそれもまた仏法の真実に
ほかならない )のことばがある。
コメントする