禅 語 : 滅却心頭火自涼

心頭滅却すれば、火も自ずから涼し。
甲斐恵林寺( かい えりんじ )の快川紹喜( かいせん しょうき )( ?~1582 )
が、織田信長に攻められて焼死するに当たって述べたとされることから、人口に膾炙
( かいしゃ )することとなった。
ただし、元来は唐末の杜荀鶴( とじゅんかく )の「 夏日題悟空上人院 」によることが
指摘され、のち「 碧巌録 」第四三則に出ることが知られることから、快川の創唱ではない。
また、快川のエピソードから「 坐禅すれば燃える火の熱さも感じない 」といった、坐禅
すれば熱さは感じないといった理解もあるが、これは誤り。
「 安禅は必ずしも山水を須(もと)めず、心頭を滅却すれば、火も自ずから涼し 」と
あるように、坐禅の場としては必ずしも山水が必要というわけではない。
条件が整わなくては坐禅はできないという、取捨選択の心(心頭)をなくしてしまうことが
大事で、そうなれば火すらも涼しいものとなる、の意。
重点は「 取捨選択の念 」とどう向き合うかにある。
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