腹

「 腹 」という字の右側の部分は器を逆さまにした形で、大きくふくらんでいるという
意味があるそうだ。
白川 静さんの「 字統 」の説明である。
それに月(にくづき)をつけて動物のおなかを示そうと考えた人は、腹はふっくら大きい
のがいいと考えたのだろう。
日本では「 腹が大きい 」、「 腹が太い 」といえば、「 度量がある 」ことを意味するし、
「 腹を肥やす 」といえば「 私利私欲をむさぼる 」ことをいう。
「 腹がふくれる 」といえば、文字通り満腹を指す他、言いたいことを言えずに不快な
さまをも示す。
昔から「 腹 」という言葉を、見た目では分からぬ心の容量や懐具合を示すのに
使ってきた日本人だ。
だからお互いの真意は「 腹を割って 」話さねばわからない。
だが平成の日本では、腹の周囲の大きさで中身を判定するのが習わしとなった。
腹囲が女性90センチ・男性85センチ以上、加えて血圧、血糖、血中脂質のうち二つ
異常が重なるとメタボリック・シンドローム(内臓脂肪症候群)と判定されるメタボ
健診である。
しかし、一昨年春から始まって、世の中高年を震撼させたこの腹囲測定の効果に
疑問符が突きつけられたという。
もともと心血管疾患の発病防止を目的とする腹囲測定だ。
だが厚生労働省が先週公表した3万人以上のデータによると、現在の腹囲の基準
数値による線引きにあまり意味のないことが判明した。
健診開始当初からの疑問がさらにふくらんだ。
とはいえ腹囲が増すほど発病の割合が高まる傾向は明らかだから、ここは「 腹の
太さ 」をたたえた昔の人をしたり顔で称賛もできない。
古人から学ぶべきは、人の「 腹の内 」ばかりはなかなか巻尺一つででは分からない
ということか。
毎日新聞 2010年2月16日 余録 から。
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