禅 語 : 行雲流水 ( こううん りゅうすい )

「 行く雲、流れる水(のごとし) 」と読む。
この語句は「 墜葉飛花 ( ついよう ひけ ) 」の語句と一対で使われている。
語録によると、煩悩は避けることもでき、消すこともできるが、行雲流水・墜葉飛花は
避けることも消すこともできないといっている。
これは自然現象は人為的なものでなく、避けられないことを教えている。
行く雲、流れる水、落ちる木の葉、散る花は自然の営みで、無情な現象であることを
表わす代表的な禅語である。
これをもって禅宗では仏教修行者の生きざまと表わした。
一定の住所にとどまらず、家や財産にも、世間の生業にも、金銀財宝にも、名誉や
地位にもまったく執着せず、諸方を遊行する修行者のの姿は、雲や水のようである
ところから、修行者を雲水と呼んだ。
この呼び名はこだわりがない修行者の心境も併せて意味している。
禅語の雲遊萍寄 ( うんゆう ひょうき ) ( 雲が遊び、浮き草が漂う様 )
も同じ意味である。
コメントする