ブログトップビジネスマナー > 子規と柿と東大寺 2/5

子規と柿と東大寺 2/5

経蔵1002.jpg

美しい女中さんの出身を聞くと、奈良で昔から有名な梅林がある月ケ瀬だという

答えが返ってきた。

「 梅の精霊でもあるまいか 」と、子規は書く。

「 余はうつとりとしてゐるとボーンという釣鐘の音が一つ聞こえた 」

どこの鐘かときくと、東大寺の大釣鐘だといい、障子を開けて見せてくれた。

月が荒れた木立の上を淋しそうに照らしていた。

「 更に向ふを指して、大仏のお堂の後ろのあそこの処へ来て夜は鹿が鳴きますから

 よく聞こえます、ということであった 」

と、随筆は結ばれている。

子規が泊まった旅館は、奈良の老舗旅館「 對山樓 (たいざんろう) 」。

フェノロサや岡倉天心といった明治の文化人が泊まり、宿帳には明治28年10月

24日に子規の名前が残っている。

当時の高級な旅館で今はない。

子規には贅沢な感じだが、おそらく漱石のおかげだろう。

松山を去るとき、子規は漱石から10円借りている。

松山中学の月給の8分の1にあたり、漱石は語っている。

コメントする

2011年10月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31