子規と柿と東大寺 1/5

子規の最後の旅、奈良の旅でも、魅力的な女性が登場する。
この旅で詠んだ句といえば、「 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 」に尽きるが、句が生まれた
事情について、「 くだもの 」( 明治34年 )という随筆に書いている。
「 柿などというものは従来詩人にも歌よみにも見離されてをるもので、殊に奈良に柿を
配合するといふ様な事は思ひもよらなかった事である。
余は此新しい配合を見つけ出して非常に嬉しかった。 」
いきさつは、さすがに食いしん坊の子規らしい。
まず、奈良で泊まった旅館で、夕飯後に柿が食べたいと頼んでいる。
直径45センチほどのドンブリ鉢に、山盛りの柿が来た。
子規はその量だけでなく、女中さんの美しさにも目を奪われたようだ。
「 柿をむいてゐる女のやゝうつむいてゐる顔にほれぼれと見とれてゐた。
此女は年は十六七位で、色は雪の如く白くて、目鼻立ちまで申分のない様に
出来てをる。 」
出典 : 週刊朝日 2010年1月29日号 「子規と秋山兄弟の選択」から。
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