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仏教東漸の理念を貫いた鑑真和上の足跡 3/3

=成田 お大師様 .jpg

鑑真和上の故郷・揚州は当時、中国最大級の貿易都市で、シルクロードを伝わって

来たありとあらゆる文物や技術が集まっていたと言います。

だから、鑑真和上も非常に知識が豊富だったし、一緒に連れてきた僧や仏師も国際色

が豊だった。

それは唐招提寺が所蔵する仏像にもよく表れている。

例えば新宝蔵(しんほうぞう)に安置されている如来形立像(にょらいぎょうりゅうぞう)

は、腰の曲線のなまめかしさ、波打つような衣のデレープなど、ガンダーラ仏に近い

趣があります。

また「 木彫仏が日本で初めて作られたのも唐招提寺だった 」という石田執事のお話

も興味深くうかがった。

中国では石工が盛んで、木彫に使うのは白檀くらいだったけれど、日本では彫刻

向きの石も白檀も手に入りにくい。

代わりに檜(ひのき)、榧(かや)、桐(きり)といったさまざまな木を試し彫りするなかで、

木彫技術が進歩した。

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2011年10月

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