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仏教東漸の理念を貫いた鑑真和上の足跡 1/3

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平城京に遷都してから約20年後の天平5年(733年)、遣唐使に任ぜられた普照

(ふしょう)、栄叡(ようえい)らの留学僧は、「 仏教の戒律を授けてくれる高僧を唐

から招聘するように 」という勅命を受けた。

その背景には、たび重なる天災や疫病の流行で人心が乱れる中、ときの聖武天皇

(しょうむてんのう)が仏教をたのみにしたこと、また当時の日本の仏教界には授戒

制度がなく、課税逃れのための”自称・僧侶”が増えて、風紀も乱れていたという事情

がある。

しかし、命懸けの危険な航海をともにし、日本に正しい戒律を伝えてくれる高僧が

どこにいるのか?

井上 靖が「 天平の甍 」で描いた鑑真和上の物語はここから始まる。

留学僧たちは、適当な僧を紹介してもらえまいかと、当時55歳だった律宗(りつしゅう)

の大師・鑑真に会いに行く。

が、呼びかけても引き受けてはいない。

出典 : J-B Style 2010.02

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