
一般的に化粧には、左右の差異を少なくして対称的に作用があるとされる。
化粧することで、自分にとって自然な鏡に映った自分の顔=「鏡像」と他者がいつも見ている
自分の顔=「正像」との距離を、多少なりとも縮めることができるのだ。
自分の顔はたいていの場合、鏡像でしか見ることができない。
しかし、化粧によって左右の対称をとることで、本来、他人が自分を見ているであろう
顔=正像に近づけることができるのだろう。
他者の視線と自分の視線を完全に一致させることはできないが、化粧することによって、
他者が見ている自分の顔に近づけ、確認することができるようになる。
つまり、他者の視線を自分の中に取り込み、自分の顔を確認することができるということ
である。
( 中 略 )
自分の顔、声、そして意識に至るまで、自己は、他者を通してしか確認することができない。
その点、女性は化粧を通して他者の視線を自分の中に取り込み、その他者の視線を意識し
ながら自分の姿を確認し、社会に開かれた自己の姿を構築していることになる。
( 中 略 )
化粧している女性の脳の中では、不特定多数の他者の脳をシミュレートしながら自分の姿を
照射するという、かなり抽象的で高度な知的能力を駆使していることが考えられる。
人間の本質とは、他者とコミュニケーションをとる社会的知性に表れる。
女性は日々、化粧を通してその社会的知性に磨きをかけている。
この努力には感心せざるを得ない。
( 中 略 )
人間はきわめて高度な社会的知性を持っている。
そして脳が一番喜ぶのは、他者とコミュニケーションを取ることだ。
逆にいえば、人間は他者との関係なしに、知性を育み、人間性をきづくことはできない。
人間には他者とのいきいきとした折衝が必要であり、コミュニケーションこそが脳を
活性化させ、人生を豊かに、充実したものへと導いていく。
その意味で、化粧は女性にとって最大のコミュニケーション・ツールなのだ。
だからこそ、化粧するということは、どう生きるかという問題に直結する。
もはや化粧は外見を美しくするにとどまることはない。
社会的知性を磨き、対人関係に前向きになり、積極的に活動できる。
いままでの行動範囲よりも遠くに足を延ばすことができれば、新しい出逢いもあるかも
知れない。世界が広がり、人生は変化に富む。
顔を化粧することは脳を化粧することである。
それは同時に、人生にも化粧することになるのかも知れない。
出典 : 「 化粧する脳 」 茂木健一郎 著 ( 株式会社集英社 発行 )