父母や年長者を敬い、他者を思いやる美しい生き方

SAPIO ( 小学館発行 ) 2009年4月8日号 に 櫻井よしこ さんの 「 杉本鉞子
(えつこ)”武士の娘”を読む 」最終回に次のような文章がありました。
昭和30年頃までわれわれ日本人が大切にしてきた生き方を書いておられました。
私は久しぶりに反省させられました。 皆さんはいかがでしょうか?
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心からの願いに対応するための教育が、かっての日本にはありました。
父母や年長者を敬い、他者を思いやる美しい生き方を、具体的に教えていました。
会津藩の藩校・日新館の修身の教科書である松平容頌(かたのぶ)著「 日新館童子訓 」
(三信図書)には、そんな教えが満ちています。 それは次のように書き出されています。
《 人間はこの世にひとりで生きているのではありません。
どんな人でも、生まれながらに三つの大きな恩を受け、その恩によって生かされて
いるのです。
その三つの大恩とは、父母の恩、先生の恩、そして社会の恩です。
まず父母がいなければ、人間はこの世に誕生することができません。
先生がいなければ人の道を知ることができません。
村や町や国を治める人がいなければ、人々は平和なくらしをすることができない
のです。 》
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《 どの民族も、人間の社会は、現在を生きる人同士を結ぶ横糸と、過去に生きた人々、
現在を生きる人々、そして未来を生きる人々を結ぶ縦糸によって織りなされています。
そう遠くない歴史、むしろごく身近な過去の物語であるはずの、江戸から明治期を
生きた人々が、何を大切にし、何を守ろうとして生きたのか、何を守って死んでいった
のかを理解できないということは、民族を民族たらしめるこの縦糸がプッツリと途切れ
ているということです。
この縦糸を丁寧に結び直さなければなりません。
明治維新で大きく変化した日本は、さらに第二次世界大戦の敗戦で、日本文明の深
い集積を根こそぎ抉り取られるような大変化を体験し、今日に至ります。
戦後の変化は、家族単位の日本の社会が個人単位のそれへと変わったこと、日本人
が目に見えない価値を過小評価し、目に見える価値に関心を集中させるようになった
こと、モノやおカネが必要以上に重要視され、日本人が公の心を失いつつあることなど
に、最も悲しく、醜い形で表われています。 》
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