伝説のファースト・エンペラー(始皇帝)の真実 (2)

統一の後に始皇帝が見た夢
当時、秦の軍事力は他の六国を大きく凌(しの)ぎ、宰相李斯(りし)のもとで戦う度に
領土を広げた。
統一することが望みだったか、あるいは結果だったか、鶴間先生( 学習院大学
文学部教授、 専門は東洋古代史研究。文学博士 )の説は傾聴に値する。
また、秦の竹簡が発見された湖北省雲夢(うんぽう)県睡虎地(すいこち)は、地名
そのものが興味深い。 二千年近く睡っていた竹簡は、虎狼(ころう)のような心と
評される始皇帝の夢のようにも思えるからだ。
さて、中華全土に君臨した始皇帝が取り憑(つ)かれたのは、不老長寿の夢である。
そこで重要視されたのが、方士(ほうし)という存在だ。
祈祷師、修験者と薬剤師を兼ね備えた彼らの一人徐福(じょふく)は、仙薬を入手
すると称し、童男童女六千人を連れて船出した。 無論、金銀財宝も積まれてい
たが、結局彼らは帰らなかった。
万里の長城も、不老長寿の夢を実現する一環として築き、焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)
はそれが儚(はかな)くも破れた結果の、錯乱した暴挙である。
そう思えば、始皇帝は中華統一の先に自らの破滅を予見していて、本音では避けた
かったのかも知れない。
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