日本の鶯(うぐいす)だけ「ホーホケキョ」

上の鳥は鶯ではなく「目白(めじろ)」で、岡山では「ついーついー」と鳴いていた。
今日は、日本経済新聞 2009年3月15日号に掲載された歌人・小池 光さんの
鶯 日本だけ「ホーホケキョ」をご紹介します。
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梅は散ったが鶯の声はまだ聞かず。
鶯はなんと鳴く。 ホーホケキョ と鳴く。
身近な動物は鳴き声がきまっている。
犬はワンワン、猫はニャアニャア、牛はモーモー、馬はヒヒーン。
こどもがことばを覚えるとき、親は動物名よりまず鳴き声を教える。
言語の習得は擬音語の習得にはじまる。
鳥の鳴き声に耳を澄ませた。 ホーホケキョはその代表例。
ほかにもニアwトリはコケコッコー、ホトトギスはテッペンカケタカ、とんびはピーヒャララ、
鳩はデデッポーポー、小綬鶏はチョットコイ ・・・ などなどみんな決まっている。
こういうのを「聞きなし」という。 日本語はとりわけ聞きなしが発達しているといわれる。
音声の模写にとどまらず、鳴き声に懸詞として意味を持たせ、ことばで遊ぶ。
ホーホケキョは法、法華経。 経読鳥(きょうよむとり)はあまたある鶯の別称の一つだ。
ウグイスが与えられたその鳥の名前であるように、ホーホケキョはその鳴き声に与えられた
名前である。 だから鳴き声といえど立派な日本語の一語彙(ごい)。
中国にも朝鮮にも鶯はおり、ウグイスの仲間なら世界中にいるが、ホーホケキョと鳴くのは
日本のウグイスだけだ。
・・・ 中略 ・・・
ウグイスの語源は、その鳴き声というのが定説のようだ。
春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影にうぐいす鳴くも 大伴家持
古歌にあまた歌われる春告鳥(はるつげどり)うぐいすの、その随一の名唱となれば、
やはりこの歌を上げなければ、感覚に近代人と見まがうアンニュイがある。
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アンニュイ = ennui ( 退屈。 文学上では、世紀末文学の生の空虚さ、
近代的憂鬱感(ゆううつかん)。 )
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