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招き猫のルーツ (3) 「猫寺」自性院

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やがて、この”道灌招き猫地蔵尊”が評判を呼び、自性院は「猫寺」の愛称で江戸界隈に

知られるようになる。 そして、明和9年(1772年)に貞女と評判だった、小石川の豪商

真野性正順の息女で、金坂八郎冶の妻守女が亡くなると、その徳を偲び、猫を愛した

守女にちなんで猫の顔をした地蔵尊を刻み、自性院に開眼供養を願った---という

のが、もう一つの「猫面地蔵尊」の縁起。 昔は二体とも祠に祀られていたが、風化が

激しくなったため、現在は秘仏として年一回、二月三日の節分会(猫地蔵尊まつり)に

ご開帳されるという。

自性院住職・大澤永智さんによると「 猫面地蔵尊は、おかっぱで猫の顔をした珍しい

お地蔵さんです。 貞女にあやかりたいという女性ばかりか、猫に縁の深い三味線弾き

や芸者衆もよくお参りに来られたようです。 しかし、二体の地蔵尊の関する資料は

明治の廃仏毀釈で寺が一時無住寺となり、文書類の一部が流出したことに加え、空襲で

伽藍などすべてを焼失したため、何も残っておりません。」

江古田ケ原の合戦は史実だし、道灌が奉納したとされるお地蔵様が招き猫だったら

完璧な証拠となったのに残念。

なお、自性院北門参道口には大きな招き猫の石像が鎮座しているが、これは二代目。

* { ひととき 」(株式会社ウェッジ 発行) 2009年2月号 から

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