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悲しい言葉「間引き」

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私は岡山県の南部、玉野市に生まれ、18歳まで玉野で育てられた。
母は岡山県生まれ、父は香川県生まれ。
現在、岡山県は気候温暖で、豊かな国として知られている。
でも学生時代に母から忌まわしい、悲しい話を聞いたことがある。
昔食べて行くのがやっとという貧しい家では、赤ちゃんが生まれるとすぐ
菰に包んで旭川に流していたらしい、とのこと。
父からも似たような話を聞いたことがある。
食うや食わずの家に赤ちゃんが生まれると、この次はもっと金持ちの家
に生まれてくるよう諭して、穴を掘って埋めることもあったようだ。
これを称して「間引き」というのだそうだ。
父方の祖父は、6歳で高松に丁稚奉公に出され、行った先で同い年の
子供の子守りをした、という話も聞いた。昔は食いぶちを減らすために、
次男坊以下は早くに家から出されたそうだ。祖父は飢饉の時は、松の
皮まで食べたという。
昔凶作の時には、この物資豊富な世の中では考えられないような
「間引き」が時として生きるために行なわれることもあったようだ。
昔の人は、生きるためとはいえ、やむにやまれず、忌まわしく、悲しい
ことをせざるを得なかったこともあった、と聞いた。

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