有馬シマノスケの最期 (3)

僕が有馬家に来てから数年はママは有馬家にいて面倒をみてくれましたが、ママは
仕事のために2004年8月9日(月)に東林間のアパートに移り、その後はママの母
であるババが僕の面倒をみてくれました。
もちろんママも時々僕に会いに来てくれました。
ババは、僕にはとびきりやさしくしてくれました。普通僕らの仲間はヒマワリの種や
コーンと水をもらって生きています。でもババは、ピスタッチオ、クルミ、松の実、ヒマ
ワリの種、コーン、果物はイチゴ、リンゴ、みかん、そしておやつには、シュークリーム、
モンブラン、ヨーグルト、牛乳、などなどを食べさせてくれました。
ミネラルの不足を補うためにはアメリカ製の「スタミノン」が良いということをママがどこ
かから聞いて来て、ジジが渋谷のデパートで買ってきてくれました。
このスタミノンを時々いただきました。
また、1日に少なくても2回はケージから出してくれ、僕は居間を自由に散歩できました。
でも、ピアノの奥に入って寝たりしたので、ピアノの奥や冷蔵庫の下には入れてもらえ
ないようになりました。ピアノの一番上へ登って降りられなくなったときなどババが立って
来てくれ僕はよくババの背中や腕に飛び移ったものです。
散歩中僕は時々ババの肩で休憩させてもらいました。ババはやさしくて、僕が下りるまで
じっと動かないで我慢してくれました。
僕が天国へ行く前2~3週間くらいは、僕はババの手の上で胸にもたれて寝たり、ご飯を
食べさせてもらいました。
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