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会社生活(番外). JAL御巣鷹山事故

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1985年の夏、家内の伊東の実家で夏休みを過ごしていたらテレビでJALの飛行機が
群馬県の御巣鷹山に墜落したとのニューズがあった。
休みを2日残して相模原の自宅へ帰ると、私とおなじSSCにいた林貞夫さんから電話
があり、IBMの社員が3名乗っていたので、会社から遺品探しに行くことになった。
ついては、有馬さんを指名したので一緒に言ってほしい、とのこと。
3人の内の1名は私と同じ客先を担当した中島 誠さんだと聞き了承した。
林さんの車に乗せてもらって高崎まで行った。
高崎駅前のホテルに泊って前橋の警察学校まで遺品探しに行った。
中島さんのマドラスの靴も何も見つからずだった。
帰りに遺体安置所になっている学校の体育館へお参りに行った。
体育館の中は線香の煙でもうもうとしており、遺体を洗ったホルマリン、遺体、線香など
の異様な匂いで3分も中に居られなかった。
その後体育館は匂いが取れないので、建て替えたとのこと。

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