ブログトップ > 有馬幸三の自叙伝 > 会社生活(46). 千鳥町の教育センター通い

向野取締役に相談して2ヶ月待って、2月から千鳥町の教育センターに通うことになった。
インストラクターは自分と同年輩が多く、スクールが始まるまで、私はインストラクターの
部屋の一番前に机を与えられた。
来る日も来る日もPI ( Programmed Instruction = 自習書 )での勉強だった。
その頃私は、結婚したてで、埼玉県の久喜の近くの鷲宮団地に住んでいたので、毎日
片道2時間半以上かけて千鳥町まで通勤した。
身体に相当負担がかかったが、自分で選んだ道、弱音は吐けなかった。
投稿者: arima 日時: 2007年5月12日 00:06
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