会社生活(30). 優秀な同僚達

営業計画課(戸倉課長)に同年輩の門脇弘樹さん、亀田 登さんがいた。
門脇さんは会社が終わったら四ツ谷の日米会話学院に通っていた。アメリカの駐在員
を目指して頑張っていた。この人度の強い眼鏡をかけていたが、ある時コンタクトレンズ
に変えた。コンタクトをしっぱなしにしていて失明寸前まで行ったことがあった。
門脇さん、後年目標のアメリカ駐在員になり、日本に帰ってきてから営業部門で日産
自動車を担当の営業になった。おしいことに数年前になくなった。
亀田さんは、鵠沼の亀田病院の令息で、湘南の和歌大将といわれていた。
彼は早稲田の大学院を卒業していた。
後年彼はLBSというIBMの子会社の常務にまでなった。惜しくも先年亡くなられた。
また、勝部 雄さんという係長がいて気が合ってよく話をした。
勝部さんが旗の台の自宅へ遊びに来いとさそってくれお邪魔したことがある。
彼、見かけによらず情熱家でタンゴが好きだった。レコードを何枚も聞かせてくれた。
勝部さんは私のことを「ザ・マン(男っぽい男)」とよんで、可愛がってくれた。
この方はもうかなり前になくなられた。本当にまじめな人だった。
こうして同年輩の昔の同僚が2人、先輩が1人亡くなられている。
いい人は早くなくなる。
私は別に長生きしたいわけではない。せいぜい彼らを見習っていい人になりたい。
門脇さん、亀田さん、勝部さんのご冥福をお祈りします。
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