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大学時代(15).お茶の稽古

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大岡山にいるころ、以前西片町のフランス語の先生のところへいっしょに行ったS君
が近くのアパートにいて、彼から親戚のおばあちゃんがお茶の先生をしているので、
一緒にお稽古に行こうという誘いがあった。
JALのスチュワーデスが2人お稽古に来ていて一緒だというので、釣られて行った。
当時のJALのスチュワーデスというのは、女性の中のエリートだった。昭和37~
38年ころで、飛行機に乗る人がまだ少ないじだいだったから。2人とも美人だった。
この松浦家というのは、江戸時代に北海道を探検した「松浦武四郎」という方の子孫
で由緒ある家柄。そのせいか、お稽古に行くたびにすばらしい掛け軸や茶碗を出して
見せてくれる。いろんなお茶碗の中でも楽が一番私の趣味にあっていた。その次が
萩だ。岡山へ帰ると、近所に有楽流の森下というお茶の先生がいてお稽古に来いと
いうので行っていた。まだ2~3回しかお稽古していないのに、大聖寺で月釜がある
から出ろという。いくら野次馬根性旺盛な私でも恥を書くのは嫌だから断った。
そしたら先生いわく、「 幸ちゃん(私のこと)の両サイドに姉さん弟子を2人つけるから
ぜひ行きなさい。 」という。もう断れない。それでとうとう行った。お手前をいただいて
立とうとしたら、足がしびれて感覚がない。部屋から出ようとして足で襖を大きな音を
たててはずしてしっまった。悪いことに同級生の妹(O本輝子さん)が来ていて大恥を
かいてしまった。その時は正直冷や汗をかきました。

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