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大学時代(14).東京工大の学生と同宿

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大学の3年生になって、東京の目黒区大岡山に引越しした。
引越し先は、大岡山の大地主の栗山さんの納屋を改造した部屋をお借りした。
5部屋あって、私以外は4人とも東京工業大学の秀才ばかりだった。
2人は建築、1人は重電だったと記憶している。
東京工業大学が大岡山にあったので、東京工大の学生が多かったようだ。
一度だけ重電専攻の伊藤君に案内してもらい東京工大の中を見せてもらい、食堂で
カレーライスを食べた。大学の中はえらい殺風景だった。
その頃私は食事はたいてい近くの飯屋へ行っていた。
30センチ四方くらいのトレイに、ドンブリ飯が1杯、おかずはアジフライとかカキフライとか
1品、あとは味噌汁、と小さな皿にのったお新香だけ。今から思うと健康的だが、20歳
前後の若者の私には少々物足りなかった。1年生の冬休みで帰省した時には67キロ
グラムになっていた。そのころの写真を見るとまるで骨と皮だ。
3年生の時、何時だか忘れたが、昼と夜が逆になって、明け方寝て夕方起きる生活を
するようになった。でも一つだけ楽しみがあった。大家の栗山さんの飼っているマルチー
スを連れて散歩に行くことだ。大家さんは助かるし、ワンちゃんも喜んでいた。ワンちゃ
んは私が迎えに行くと、寝転がって腹を出して、手足を振って喜びを表現してくれる。
犬好きの私のには当時唯一の楽しみだった。
その後そのマルチースがフィラリアで亡くなってすごくさびしく悲しい思いをした。

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コメント(1)

有馬様

突然ですが、書き込みをさせていただきます。
弟がこのブログを見つけ、内容から、私の父の家に下宿されていた有馬様ではないかと思います。今、同じ場所に息子の私が住んでおります。
当時東工大の方で同居されていたのが、岡崎さん、鬼頭さん、小沼さん・・だったかと覚えております。犬はフィラリアで死にましたがミニーという名前で三角屋根の犬小屋に飼っておりました。
父や母は早く鬼籍に入りましたが、私ももうすぐ還暦になります。
貴ブログを拝見し大変懐かしく思いました。

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