大学時代(13).質屋の門をくぐる

私が行った大学は結構暮らし向きのよい家の子弟が多く、私はまるで場違いの
観がした。俺の親父も母親も身を粉にして朝から晩まで働いているのになんで
貧乏なんだろうと4年間悩んだ。結論はでなかったが、自分自身貧乏から抜け出す
ことを最優先して考えるようになった。金の亡者になったわけではない。
でもこんなこともあった。
同じクラスのT君、会津の財閥の子孫で、父親は東大卒でOO重工の副社長まで
やった。私はよくT君の鷹番町の家へ遊びに行き食客になった。
この親父さん、チョコレートをつまみながら、ブランデーをなめる。飲みながら息子の
クラスメートをこき下ろす。友人たちはこの親父さんを皆避けていた。
後にT君は家を出て江古田の歯科医の家に下宿、よくそこへ遊びに行った。
ある時酒でも飲もうかということに成ったが、お金がない。T君確かカメラ:キャノネット
を持っていて、それじゃ質屋へ行くというのでついてゆくことにした。
これが私が質屋の暖簾をくぐった最初だった。
このT君に家から毎月いくらもらっているのかと聞いたら、1万5000円だという。
私が送ってもらっていた額と同じでちょっぴり安心したが、後年貧乏な家から毎月
1万5000円も送ってもらっていたのかと思うと、親不孝した、兄弟にも迷惑をかけた
とくやまれてならなかった。
コメントする