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母の偉大さ(5).物を集める特殊才能

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母の小学生の時に岡山の町が洪水にあって、上流から牛が流れて来たという。
その洪水のため、曽祖父の尾崎吉松が持っていた鎧は流されてなくなってしまった。
母も修学旅行に行けなかったと残念そうに後々まで語っていた。
母はすごく行動力のある人で、かつ物を集める特殊な才能があった。
石油ショックの頃、家内が、皆が買い捲るからトイレット・ペーパーなど物がなくなる。
他人の真似をしないほうがいい、などと言っているうちに見る見る物がなくなって、
買いたくても買えなくなった。
そこで母に電話して何か方法はないかと相談というかお願いをしたら、任せなさい、
という。それから2~3日したら、大きなダンボールにいっぱいトイレット・ペーパー、
ティッシュ・ペーパー、石鹸、マッチなどなどを送ってくれ、大いに助かった。
母は親分肌で、人の面倒を日頃からよくみていたので、時分が困った時に人がお
返しを喜んでしてくれる。私にはまったくマネができない。
その気丈な母も昭和51年6月14日、玉野市民病院で胃がんのため53歳で死去
した。男兄弟5人全員が母の手を握って見送ったのがせめてもの慰めであった。
私は3日間食べ物が喉を通らなかった。
母の葬式には、田舎町としては800人と多数の人が来てくれた。普通男の人が
なくなってもせいぜい100人か200人の会葬なのに、女で800人だ。
母は死んでまで「人を助けよ。」と教えているような気がした。
我が男5人兄弟全員の自慢の母である。

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