母の偉大さ(4).親戚付き合いの西谷さん

私が大学に入学すると、母は金もないのに、和服・おおしまを作ってくれた。
もしも病気して入院するようなことがあっても恥をかかないようにという親心からだった。
岡山の近所に西谷さんという家があってそこの叔母さんが呉服の仕立てではピカイチの腕前
と言われておりそのオバサン(我々は「西谷のバーバン」と呼んでいた。)に仕立ててもらった
とのこと。
この西谷のオバサンが、母と同じくらいバラ寿司の名人で旨い寿司を作った。
私の末弟・信定は、父が42歳の子で、厄年の子は育たないといわれており、予めお願いし
ておいて、家の前の橋のたもとに捨てて、西谷さんに拾ってもらった。
信定は、確か1ヶ月くらい西谷さんにお世話になったと思うが、小学生の頃まで信定の家は
有馬だか西谷だかわからない状態だった。
お世話になりました。ありがとうございます。
この西谷さんとは我が家の跡取りが未だに親戚付合いをしていただいている。
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