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父の偉大さ(1).香川県の出身

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私の父は、香川県大川郡の農家の出身で、明治44年4月1日生まれ。
父の母(私の祖母)は、父が4歳のときになくなったそうで、後妻に祖母の妹が入り
4人の妹と1人の弟が生まれた。
父は、勉強ができたそうだが、家が貧しく高等小学校までしか行けなかった。
村の金持ちが金を出すから中学へ行かせたらと言ってくれたが、祖父が頑固者で
貧乏人は学校など行くことはない、といって14歳で高松の呉服屋へデッチに出された。
奉公先へ行ってみると、祖父が前借して、父が働いて返済した。
祖父はなんと6歳で奉公に出され、自分と同い年の子の子守をしたと言う。
今考えると、私なんか、父や祖父と比べると天国だ。大学まで行かしてもらった。
父は奉公の年季が明けて、家へ帰り、溜池のドブさらえの仕事に40日働きに行ったら、
給料を全て弁当代だといって取り上げられてしまった、という。
それで家を出て京都へ絵描きの弟子に入った。私が子供のころ父に絵を描くようねだっ
たらすばらしいボタンの絵を描いてくれた。それがたった一度だった。
父はその後大阪のレストランの料理人を経て、香川県直島の精錬所の職人になり、
そこで母と知り合い結婚したそうだ。
私の前に3人の子供を亡くしていたので、私が2歳で急性肺炎に罹ったときは、何とし
ても死なせたくないので、徹夜で看病してくれたそうだ。
生んでもらって、命を救ってもらった大恩人で、感謝しても感謝しきれない。
父はその後、三井造船・玉野に移った。

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2011年10月

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