2010年12月31日

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 ビジネスマナー研修

2009年1月 6日

コミュニケーション : (35).敬語と心の中

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SAPIO 2009年1月28日の 「 SPACIAL REPORT 大論争! 美しい日本語

は滅びるのか - 杏林大学教授 金田一秀穂 先生 」の記事の中に、次の文章が

ある。 一部異論があるが、コミュニケーションを行なう上で、敬語と心の中について

重要な点を指摘されている。 この点は全く賛成だ。 

言葉には心、魂がこもっていなければならない。

金田一先生の文章の一部は次のとおり。

--------------------------------------

敬語については興味深いデータがある。

文化庁が行なった04年度「 国語に関する世論調査 」では、30代と70代の成績が良く、

20代と50代、60代の成績が悪いという結果が出た。

20代はまだ社会人としての経験が浅く、敬語を使い慣れていないための当然の結果だ。

しかし、50代、60代は団塊の世代であり、” 敬語を”封建社会の残滓 ”といったふうに

軽んじ、” 心がこもっていれば必ず相手に伝わるはず ”と考えて敬語を学ばず、使わず

にきた。 形より心だと。 それが影響していると思われる。

しかし、それこそ前述の植木職人のように相手に好印象を与えられれば、美しい、心地

よいコミュニケーションが図れるのではないか。

私が気になるのは、むしろ高得点だった30代だ。 彼らは団塊の世代に比べておとなしく、

非常に素直だ。 ” 社会人になったら敬語を使わなくてはいけない ” と信じて一生懸命

学ぶ。 だから習得が早い。 危惧すべきは心よりも形を優先している感があることだ。

” とりあえず丁寧に言っておけばいいでしょ ”といった風潮すら感じる。 これは近所の

派手好きなおばちゃんと同じだ。

敬語は人間関係を穏やかにしていくための、言葉遣いの工夫である。

身も蓋もない話だが、本当に美しい日本語とは、いかに気持ちがこもっているかであり、

敬語を使うならば、心の中に敬意がなければいけない。

( 赤字にしたのは筆者 )

2009年1月 5日

コミュニケーション : (34).話している時されたくない嫌なこと

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自分が話している時自分がされたくない嫌なことは他人に対してもしてはならない。

自分がされたくないことには下記の行為があります。

できれば親しい尊敬できる方に指摘していただくとありがたいのですが、その前に

自分でレコーダーやテレビに録音、録画して聞きなおしたり、見直してみるのも効果

的です。

 (1). 話が長い

 (2). 要点がわからない

 (3). 話が論理的でない

 (4). 結論 → 理由 → 背景 の順に話さない

 (5). 他人の話をさえぎる

 (6). まず反論する

 (7). 代替案なしで反対する

 (8). 目上に対して敬語を使わない

 (9). 人の目を見ないで話す

(10). 人をじっと見続ける

(11). 他の仕事をしながら話を聞く

(12). 相槌を打たない

(13). 質問に質問で答える

(14). 上げ足をとる

(15). 声が小さくて聞きとれない

(16). 場違いな大きな声で話す

(17). 相手の職位、職階、性別によって言葉、態度を変える

(18). 「 しかし 」、「 でも 」で相手の話を否定する

(19). 他人の悪口を言う

(20). グチを言う

(21). TPOをわきまえず話しかける

(22). 他人の話をまず肯定しないで否定する

(23). 横柄な態度で話す

(24). 居眠りしながら他人の話を聞く

(25). 自分の手柄話をする

(26). 失敗を他人のせいにする

(27). 人が話している時に携帯電話にでて話す

そば : 二八そば、十割そば

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そばの麺は大きく「 二八そば 」と「 十割(とわり)そば 」に分かれる。

江戸で最初に食べられていたのはつなぎを用いない「 十割そば 」。

小麦粉がそば粉より高価だったのが理由らしく、当時茹でそばでなく蒸す調理法が流行

したのも麺の切れやすさからと考えられる。

幕末ころ「 俗事百工起源 」 ( 慶応元年、1865年 )、と「 五月雨草子 」 ( 慶応

4年 )に、二八は十六文の意味だと世間では通用しているが、実はソバ粉八割につなぎ

の小麦粉二割で打ったそばを表したものだ、と記してある。

しかし、「 善庵随筆 」 ( 嘉永3年、1850年 )の著者・朝川 鼎は逆二八説を取っている。

混合率説をとる根拠に当時そばが一膳6~8文だったことを挙げている。

二八が一杯十六文を表示した寛延、宝暦頃はまだしも、時代が下がるにつれて品質は低下

し、ついに二八は駄そば(粗雑なソバ)の代名詞となってしまった。

一方高級店は座敷を設け、「 手打ち 」あるいは「 生蕎麦 」を看板にして、二八そばとの

格差を強調した。

しかし、幕末になると二八そば屋までが手打ち、御膳生蕎麦を名乗り、店構えだけでは両者

を区別できなくなった。

* 「 蕎麦入門 」 ( 新島 繁著、 発行所:株式会社保育社 ) その他

2009年1月 4日

そば : ざる、もり、せいろ の別

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江戸時代元禄のころ「 ぶっかけそば 」というのが流行っていました。

汁がかかっているかけそばのようなものです。 これは人足などの客が立ちながら食べら

れるように工夫したものです。

そのためそれと区別する必要があり、汁につけて食べるそばを「 もり 」と呼ぶようになった。

そばを高く盛ることから「 もりそば 」と言われたそうです。

盛り付ける器が「 せいろ 」のそばは「 せいろそば 」と呼ばれました。

一方「 ざるそば 」は、江戸中期に現在の東京深川洲崎にあった「 伊勢屋 」という蕎麦屋で

そばを竹ざるに盛ってだしたのが始まりのようです。

明治になって、「 ざるせいろ 」というせいろにそばを盛って、汁も濃厚にし、あるところでは

「 もみ海苔 」をかけ、これを「 ざるそば 」と称して売る店が出てきて、普及しその形態が

長く続いたものと思われます。

現在では、「 もり 」と「 ざる 」の違いはさいぜい海苔をのせるかどうかで区別している

程度ではないでしょうか。

つまり、海苔がかかったのが「 ざる 」、海苔がかかっていないのが「 もり 」と言われて

います。

2009年1月 3日

そば : そばの種類と栽培

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そばは漢字で蕎麦(チャオマイ)と書き、烏麦(うばく)、花蕎、甜蕎(てんきょう)、陪麦

(ばいばく)、華蕎、油蕎、伏蕎など、さすが中国は文字の国だけあって俗称が多い。

朝鮮名は木麦。 

日本では古くから曽波牟岐(そばむぎ)、久呂無木(くろむぎ)と訓読したのは、ソバの

実が稜角で果皮が黒褐色のためである。

学名の 「 Fagopyrum esculentum ( ファゴピルム エスクレンツム )は、食用の

ブナの実に似た穀物という意味。

ソバはタデ科ソバ属に属する一年生草本で、普通種と韃靼(だったん)種(ダッタンソバ、

苦蕎麦(にがそば))に大別される。

原産地は寒帯を除く東アジアの北部、特にアムール川(黒竜江)の上流沿岸・満州・ダウリア・

バイカル湖にわたる地域とされているが、中国雲南省を発祥地とする説が有力である。

中国では唐時代(618-907)に広く栽培され、わが国でも元正天皇の養老6年(722)、

救荒作物としてソバの植え付けを勧められたことが「続日本紀( しゅくにほんぎ)」に

記されているから、それ以前に朝鮮を経て日本に渡来したとみてよい。

普通、単にソバという場合は普通種をさす。

品種は生態による分類があるが、一般には在来種と改良種とに分け、各々に早熟の

夏ソバと晩生の秋ソバ、および播種(はしゅ)の時期にかかわらず結実に変化を生じ

ない中生種が含まれる。

在来種はその土地に長い間栽培されてきた品種というだけで、地名を頭につけて呼ぶ。

改良種は信濃一号、栃木一号、牡丹ソバくらいで、本格的な品種改良はあまり行なわれて

いない。

「 蕎麦は75日 」といわれるほど、ソバの播種から収穫までの期間はきわめて短い。

しかし、実際には夏ソバは70日から85日、秋ソバは80日から90日かかる。

* 「 蕎麦入門 」 ( 新島 繁著、 発行:保育社 ) から。

2009年1月 2日

御 節 料 理 ( おせちりょうり )

 

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概要
現代では保存がきく作り置きの正月の料理となっている。                        これは、「神様をお迎えした新年に台所を 騒がせてはならない」、という考えによる        ものである。                                                     転じて、煮しめた保存食により女性が正月三が日に休めるように、とも言われる。        台所を騒がせず、女性 を休めることも目的であるため、家庭での手作りに特別な        価値があるわけではない。                                           したがって近年ではデパートや料亭などのおせち料理が購入されることがあ る。         本来は「年迎え」の膳として、大晦日に食べるものであったが、現在ではほとんどの       地方で元日以降に食べるのが普通である。                                ただし、北海道など一部の地方には、かつての名残りで大晦日に食べる風習が         残っている。

由来
正月元日(1月1日)も、昔から、山に帰った田の神を呼び戻すために祝われる重要な      節日とされた。                                                   現在では、一般に祝う風習のある節日は正月のみとなった。                      このため、御節料理とは、前年の大晦日までに作られる、翌年の正月のための料理      (正月料理)のみを指すようになった。

起源
「御節」とは、中国大陸から伝わった暦上の節目、季節の変わり目などにあたる節日      (せちにち、節句)のことを指す。                                        節日には祝事を行い、祝い膳がしつらえられた。このとき作られるめでたい料理が、      「御節料理」と呼ばれた。

内容
御節料理の基本は、お屠蘇、祝い肴三種(三つ肴)、雑煮、煮しめである。地方により、     三つ肴、雑煮、煮しめの内容は異なる。
このうち、三つ肴と煮しめは、重箱に詰めて供される。一般的には、御節料理とは、       献立すべてを指すのではなく、重箱詰めされた料理のみを指す。                   重箱に詰めるのは、めでたさを「重ねる」という意味で縁起をかついだものである        (同様の意味合いから、雑煮もおかわりをするのが良いとされている)。
一つ一つの料理は、火を通したり干したり、あるいは酢に漬けたり味を濃くするなど、      日持ちする物が多い。                                              これは、火の神である荒神を怒らせないため、正月に台所で火を使うことを避ける        という平安時代後期からの風習により、正月には台所仕事をしないからである。         実際には、女性を正月位は休ませるためという意味合いもある。
現在では、食品の保存技術も進んだため、生ものや珍味など、多種多様な料理を        重箱に詰めて供することも多い。                                        また、お節料理を自宅で作らずに既成の詰め合わせのお節料理を、食料品店、         百貨店、インターネット上の店舗その他で買い求める人々も増えている。更に、          首都圏の113家庭を対象とした調査では、2004年頃から正月だからといって殊更        御節料理にとらわれない人も現れているようである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

新年の祝い箸

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年初に雑煮やお節料理を食べる際に使うのが両端を細く削った白木の祝い箸(はし)だ。

無事に新年を迎えた感謝の気持ちを天に向かって表わす神聖なものだという。

正月を晴れやかに迎えられるように祝い箸について調べた。

祝い箸に使う木材はヤナギ、スギ、ヒノキの三種類。 なかでもヤナギが最上等。

最も木肌が白くて汚れのなさを感じさせ、立春後最初に芽吹き生命力が強いこと、折れ

にくく丈夫なことも好まれる。 「 家内喜(やなぎ) 」の当て字を見たことがあるだろう。

両端を細く削って中央部が丸く膨らんでおり「 両口箸 」や「 中太両細箸 」と呼ばれる。

一方は自分、もう一方は神様のため食べ物を分かち合えるように両端とも細くなっている。

膨らんだ形状は子供を授かったお腹の膨らみ、子孫繁栄を象徴するという。

白いもみ紙に水引つけた箸袋に「 寿 」、「 祝 」などと書き、家族の名前を記す。

正月三が日、七草がゆの七日まで使うたびに洗い、それぞれの箸袋に戻して使うのが

しきたりだ。 最近はえとを印刷したり色鮮やかな和紙を使ったり華やかな箸袋も楽しめる。

「 太陽を神として奉っていた日本人にとって、神の恵みである食べ物と人間の懸け橋になる

箸は神聖なものでした。 」と箸勝本店の山本社長は話す。

慶事に祝い箸を使い、感謝するのは天への畏怖(いふ)が根底にある。

毎日食事のたびに口に運ぶ箸には当人の魂がこもると考え、一年間使った箸は大みそかで

役目を終え、新年に新調してきたという。

他人に使われないように、昔は寺社の境内に埋めたり折って峠に捨てたりした。

現在では8月4日の「 はしの日 」に箸供養をする神社が各地にあり、年末年始に箸供養を

する神社もある。

* 日本経済新聞 2008年12月27日 号より。

2009年1月 1日

お正月のしめ飾り

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正月には年神(としがみ)様をむかえるために玄関に「しめ飾り」を置きます。

年神様はしめ飾りなどの正月飾りを目印にやってきて、そこに宿ります。

これを年神様の「 依代(よりしろ)(=神様がお正月の間に宿る場所) 」 と言います。

年末には念入りに準備して年神様を迎え、つつがなく新たな一年がすごせるように祈願します。

上の絵は正月飾りの一つ「 しめ飾り 」で、各部分はそれぞれの理由で目出度いものとされ、

新しい年の安全、幸運、繁栄に対する願いが込められています。

①. 水 引 ( みずひき )

   吉事には、紅白または金銀を用いて、再びありますようにとの願いを込めて、輪結び

   またはあわび結びにします。

②. 扇 ( おうぎ )

   別名「 末広 」、「 すえひろ 」。

   開くと先端(末)が広がるので、末広がりの繁栄を意味します。

③. 海 老 ( えび )

   「 腰が曲がるほどの 」不老長寿の象徴。

   音読みで「 カイロウ 」が、「 偕老同穴 ( かいろう どうけつ ) 」の契りに通じ、夫婦

   が偕( とも )に年をとり、愛情が永遠に続くことを意味します。

④. 橙 ( だいだい )

   一家が代々繁栄するという意味です。

⑤. 譲 葉 ( ゆずりは )

   新しい葉がでてから古い葉が落ちるので、「 親は子が成長して後を譲る 」、

   すなわち子孫が続くことを意味します。

⑥. 串 柿 ( くしがき )

   柿は長寿の木です。 串の両側に2個づつ、中に6個刺して、「外はニコニコ、

   中むつまじい」の意味です。

⑦. 裏 白 ( うらじろ )

   「 裏まで白い 」潔白の象徴であり、また、白髪になるまでの長寿を願います。

⑧. 南 天 ( なんてん )

   難を転じる、の意味です。

⑨. 柚 子 ( ゆず )

   種がそろって成長するので、作物がいっせいに実って欲しいと、豊作を祈ります。

⑩. 熨 斗 鮑 ( のしあわび )

   アワビ肉を薄く切って伸ばしたものです。 めでたさが永遠に続くことを願います。

⑪. 昆 布 ( こんぶ )

   「 よろこぶ 」の意味と、「 子生 ( こぶ ) = 子供が生まれる 」で、子々孫々

   に渡る一家の発展を祈願します。

* 株式会社 飾 一 パンフレット、ホームページ より。

屠 蘇 ( とそ )

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屠 蘇
屠蘇(とそ)とは、一年間の邪気を払い長寿を願って正月に呑む薬酒である。           昔から、「一人これを呑めば一家病無く、一家これを呑めば一里病無し」と言われ、       正月の祝いの膳には欠かせないものとなっている。
「屠蘇」とは、「蘇」という悪鬼を屠(ほふ)るという意味である。
数種の薬草を組み合わせた屠蘇散(とそさん)を日本酒に味醂や砂糖を加えたもの       に浸して作り、小・中・大の三種の盃を用いて飲む。
飲む人の順には地域間で差があるが、年齢の若い者から順に飲むのが正式である。      これは中国の習慣からきたもので、若い者が毒味をするという意味があった。           しかし日本では、明治もしくは昭和初期に家長から飲むことも行われるようになった       ようである。
 屠蘇は、通常、屠蘇器(とそき)と呼ばれる酒器揃えによって供される。屠蘇器は、       屠蘇散と日本酒・味醂を入れる銚子(ちょうし)、屠蘇を注ぐ盃、重ねた盃をのせる盃台、    これらを載せる盆からなる。                                          屠蘇器には、漆器製、陶磁器製、ガラス製など様々な種類がある。

屠 蘇 散
屠蘇散は、一説には三国時代の名医・華佗の処方によるものと言われている。          その処方は色々あるが、『本草綱目』では赤朮・桂心・防風・抜契・大黄・鳥頭・赤小豆      を挙げている。                                                   現在では猛毒の鳥頭などは使わず、山椒・細辛・防風・肉桂・乾薑・白朮・桔梗などを      用いるのが一般的である。                                           健胃薬としての効能があり、初期の風邪にも効くという。 正確には、白朮(オケラ)の根、    蜀椒(サンショウ)の実、防風(ボウフウ)の根、桔梗(キキョウ)の根、桂皮(ケイヒ)の      樹皮(肉桂:ニッケイ)、蜜柑(ミカン)の皮(陳皮:チンピ)、鳥兜(トリカブト)の根(烏頭:      うず)、大黄(ダイオウ)など、身体を温めたり、胃腸の働きを助けたり、あるいは風邪の     予防に効くと言われる生薬を含むが、作用が激しいトリカブト(毒物にもなる)やダイオ      ウ(下剤としても使われる)は使われないとされる。
正月に屠蘇を呑む習慣は、中国では唐の時代に始まり、日本では平安時代からと言わ     れている。                                                      宮中では、一献目に屠蘇、二献目に白散、三献目は度嶂散を一献ずつ呑むのが決まり    であった。                                                      貴族は屠蘇か白散のいずれかを用いており、後の室町幕府は白散を、江戸幕府は屠蘇    を用いていた。                                                   この儀礼はやがて庶民の間にも伝わるようになり、医者が薬代の返礼にと屠蘇散を配る    ようになった。                                                    現在でも、薬店が年末の景品に屠蘇散を配る習慣として残っている。
基本的には関西以西の西日本に限られた風習であり、他の地方では、単に正月に飲む    祝い酒(もちろん屠蘇散は入っていないただの日本酒)のことを「御屠蘇」と称している     場合もかなり多い。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』